小説

『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)

【21世紀@魔羅丘市鬼多上川(きたかみがわ)】
「パパ、どうしてこんなもの詰めるの?」
「そういう伝統だからだよ」
 猿橋慧一42歳、息子が伝統の説明を求めているのに伝統の事実を持ち出して、つまりは自身の無知を示しているのだ。大厄年の災いか否か、突然の人事異動で東北の奥地に飛ばされてきたばかり、由来など知る由も無い。当地、魔羅丘に伝わる奇祭で〈タネッコ流し〉という。
 毎年の秋、鬼多上川に遡上してきた雄鮭を捕らえては白子を取り出し、蕪に詰め込む。だからタネッコというのは白子すなわち子種(こだね)のことだろう。じっさい、魔羅丘では、白子はオタネサマと尊称されていた。
 で、蕪の横っ腹に穴をくり抜いて白子を詰めるや、ワインにコルクでするごとく、抜いた身で栓をするのだ。それを一斉に鬼多上川に流す。蕪を使うのが正統ではあったが、瓜や果物の類でもよくて、最近ではマンゴを用いる者さえもいる。
「それはね、坊や」
 猿橋が答えられずにいると、後ろから初老の男が口をはさんだ。土地の者でないことは言葉つきからしてすぐ知れる。雉ノ又次郎(きじのまた・じろう)62歳・後厄年、厚労省から飛ばされて苦節13年と7ヶ月が経ち、もはや返り咲く気力も失せたまま当地に埋もれようとしていた。
「坊やは〈金ノ裏の戦い〉を知ってるかな?」
「…キンノウラ?」
「ああ、はい、はい、鬼氏(おにじ)と猫家(ねこけ)の最終決戦ですねよ、12世紀末の」
 日本史が得意科目であった慧一、慧太にええとこ見せようとして口をはさみ、滔々と弁じ始める。
 すなわち平安時代末期、猫丸家と鬼角(おにかど)氏が二手に分かれて熾烈な争いを繰り広げていた。周知の如く、金ノ裏の合戦にて猫家が敗れて滅亡、生きのびた者は落人(おちうど)となって草深い東北の地に逃れる。伝説によれば、落人集落が鬼多上川源流に在って、密かに猫丸の血を繋ぎましたとさ。
「と、まあ、そういうことですわ、はっはっは」猿橋、鼻を膨らます。
「パパ、それはいいんだけどさあ」
「おう」
「詰める理由は何なの?」
 再び問われて大厄の猿は口ごもり、代わって後厄の雉が説明を始めた。

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