小説

『父の宝』平大典(『ヘンデルとグレーテル』)

 武志は一枚の古ぼけた地図をテーブルの上に差し出した。見覚えのない地形だったが、中央にバツ印が記載されている。「は、宝の地図のつもりか。……どこだ、ここ」
「親父が手入れしていた山だね」武志は煙草を吸い始める。「俺の家から二十分くらいで、山の入り口に着く。恭平さんの家からだと、一時間弱くらいかな。隠すんなら、絶好の場所だ。……親戚衆も親父に管理を押し付けて、誰も寄ってこやしねえ」
「それなら、安心して探せるな。……誰にも言っていないよな?」
「ああ、親父の遺産だとか言って、持っていかれても構わんからな。親父って、その辺りがよくわかんないからさぁ」借金があれば、相続人が引き継がないといけない。だから、二人とも相続を保留していた。「母さんも口が軽いんで、おちおち言えやしねえ」
「楓さんにもか?」
「そりゃ、そうだ」武志は煙を吐く。「まあ、俺も親父とずっと住んでいたけど、金を持ってそうな態度おくびも見せなかったからな。競馬や競艇の類の博打は派手にやっていたみたいだけど。たまに土産を買ってくれたことはあったけどね」
 武志の態度には、確信的な部分があった。
『親父は俺のことが大事だった。兄であるお前は、違う。だから、お前を捨てて、俺を育てた』
 俺は、言葉の節々にそんな棘を感じていた。

***

 親父に叱られた経験が俺には無い。
 武志がいきなり俺の家にやって来たのは、俺が高等専門学校を卒業して、地元の工場へ就職してすぐのことだった。
 当時母親が肺がんで入院していた町立病院に、仕事を終え、見舞いを済ませてから自宅に戻った。駐車場にはTシャツ一枚でヤンキー座りをしている茶髪の少年がいた。
 俺が自動車を停めると、少年は運転席に寄って来た。車窓を開けると、まだニキビが顔にある少年は微笑んだ。
「……あんた、恭平さんでしょ?」
「そうですけど」
 その見慣れない少年は、まだ五月の夜で少し肌寒いのに、下着のようなヨレヨレのピンク色のTシャツを着ていた。
「俺、坂巻武志っす。あの、坂巻茂の息子っす」
 赤ん坊以来の弟だった。
 俺は驚きつつも家へ招き入れた。寒そうだったので、パーカーも着せてやった。
「どうしたんだ、急に」
「いや、その」
 話を聞くと、親父に叱られて反論したら、言い合いになって家を飛び出したという。

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