小説

『謎のパスモ』太田純平(『謎のカード』)

 ましてや親友は、夜の何時になっても帰って来なかった。いや、それどころか――。
 それから何日か経った。
 親友は完全に消えた。引っ越したわけではないようだから、どこか旅行にでも出掛けたのだろうか――。
 あれから何度も何度も家を訪ねたし、こっそり見張っていた事もあった。無論、実家に電話をして、彼が地元に戻っていない事は確認した。
 さすがに親友の親や自分の親に、パスモの件は言えなかった。心配を掛けたくないというより、電話で話してもどうせ半信半疑になるのがオチだと思ったからだ。あるいは変なクスリでもやっていると思われるか――。
 こうして俺は、結局、原点回帰する事に決めた。
 横浜駅の、東急東横線のホーム。
 もう、あの美女を探すしかない。
 あの美女を探して、直接訊くしか方法が――。
 あの日、美女は各駅停車に乗った。という事は、横浜駅からそれほど遠くへは行っていないはずだ。仮に『渋谷』や『池袋』を目指す東横線ユーザーであれば、まず各駅停車には乗らない。つまり、わざわざ各駅停車に乗ったという事は、横浜から程近い『反町』『東白楽』『白楽』『妙蓮寺』『菊名』辺りで降りたのではないか――。
 そう、何の根拠も無い推測をもとに周辺駅さえも探したが、全く彼女は見つからなかった。
 そもそも『菊名』で横浜線に乗り換えた可能性だってあるし、「各駅停車に乗った」という事実だけでは、ほぼ何の手掛かりも無いに等しかった。
 俺は来る日も来る日も大学をサボり、あの美女を探した。
 いない――どこを探しても――。
 神様――チャンスはたった、一度きりなのか?
 あの日――あの時――この場所で――。
 何の躊躇いも無くパスモを拾い、すぐさま彼女に渡してさえいれば――。
「ぐっ……」
 俺はホームのベンチに座り、自分のこれまでの人生を省みた。
 仮にあの時勉強をしていれば――。
 仮にあの時部活をしていれば――。
 仮にあの時告白をしていれば――。
 仮にあの時――。
 オレの人生は、後悔の連続だった。
 辛い記憶が溢れて、思わず泣いた。
 どうして自分は、こんなにも弱いのか――。
 涙で目が見えないせいか、耳だけは鋭敏だった。何やら、艶めかしいヒールの音が近付いて来る。
 鼻も敏感だった。イイ香りが漂ってくる。

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