小説

『東北奇譚』ヤスイミキオ(『遠野物語』)

「そ、それで?」
 サトルが促す。
「『どうやって帰ってきた?』、『何があった』って聞いても、『お前らに逢いに来た』としか、言わん・・・おまけに村の人間たちの間じゃ、誰か人さらいに来たと、気味悪がって、近づこうともしない。化けモン扱いよ。そしていつからか、オレの知らない間に、偉いお坊さんに頼んで、村の入口に石碑を建てるようになった。「悪いもんが、この先に入ってこないように」と。それ以来、姉ちゃんは現れなくなった・・・そしてオレは、また一人になった・・・だから、こんな風の強い日には、姉ちゃんの声が聞こえるような気がするんだ」
 トメは目に涙を浮かべている。
「そんな・・・お姉さん、なにも悪いことしてないのに・・・」
「だから時々思うのよ。本当に怖ぇのは、人間の方だ・・・」
 無言のままの、サトルと千雪。
「・・・なんてな。こんな話、信じたか? 単なる年寄りの話だ。今日はもう遅え。ゆっくり寝ろ」

 二階の宿泊部屋、布団に入っているサトルと千雪。すでに消灯している。サトルは静かな寝息を立てている。その隣で、千雪はスマホを操作している。スマホ画面の明かりが、顔を照らす。
 スマホ画面には「おかっぱの女の子」「ちゃんちゃんこ」「東北」の文字。「座敷わらし」の検索結果ページ。
「まさかね・・・」
 スマホを投げ、布団にくるまる千雪。

 コチコチと、時計の音が静かに響いている。時計の針は午前4時。ゴソゴソと起きだす千雪。サトルが薄く目を開ける。
「どうした?」
「トイレ・・・」
 部屋を出て行く千雪。
 廊下に出ると、階下には明かりが灯って、何人かがヒソヒソと話す声が聞こえる。興味本位で、少し階段を降り、聞き耳を立てる千雪。
「本当に、やるのか?」
「ああ・・・目が覚める前に。仕方ねぇだろ」
「ここ数年続く大雨は、山と川の主たちの祟りだ。可哀想だが、あの娘には人身御供になってもらわねぇと」
「そんなの・・・迷信だ!」
 トメの声がする。
「トメ、今更、なにを言う。オレたちは、ずっとそうやって、沈めてきた。村の若い女たちは、みんな捧げて、もういなくなっちまった・・・オメェの娘だって・・・」
 廊下の板の、軋む音がする。

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