小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

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「はぁ?」
 佐藤郁夫はすっとんきょうな声を出した。
 能面の弁護士が言葉をくり返した。
「いまご説明いたしました通り、佐藤さまには時田満夫さまから500万円の遺産を受け取る権利がございます」
 郁夫は弁護士を見つめ返すばかりだった。
「時田満夫さまのことは、ご存じですね?」
「はい。もちろん。おじ……にあたります」
「お母さまのお姉さまのご主人、ですね?」
「はぁ。だから、血はつながっていませんが」
 弁護士がかすかにうなずいた。
「その時田さまが、遺言状の中で佐藤さまに500万円を遺すと明記されているのです。ただし――」
「ただし?」
「ただし、その500万円を1か月のうちに残らず使い切り、その使途の明細をわたくしどもに必ずご報告いただく、という条件で」
「1か月以内に、500万円を、残らず?」
「はい」
 驚きだ。
 贅沢に慣れた人ならともかく、ごくふつうのサラリーマンの自分にそんなことが……まあ、できなくもないか。
「ずいぶん奇妙な遺言ですね。どうして1か月以内に使い切らなきゃならないんです? それに、おたくに明細を報告するって、どういうことですか?」
「時田さまのご遺志ですので、わたくしどもとしては、なんとも申し上げかねます」
「はぁ……しかし不思議ですね。おじとはそれほど交流があったわけではないんです。まあ、顔を合わせたときには、わりと親切にしてもらいましたけど」
 弁護士が中指でメガネをわずかに押し上げた。その奥の目は、あくまで無表情だ。
「時田さまは先に亡くなられた奥さまをたいへん大切にしてらっしゃいましたので、その血縁である佐藤さまのことも、気にかけてらしたのでしょう」

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