小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

 会社で仕事をしているときも、由香里と預けた婚約指輪のことで頭がいっぱいだった。知らず知らず、口からため息がもれていた。
 と、隣の席からも大きなため息が聞こえた。郁夫は幸恵をふり返った。
「どうした? 大きなため息ついて」
 幸恵がはっとして顔を向けた。
「あ、すみません。つい……聞こえちゃいましたね」
「なにか困ったことでも?」
「……はい……家のことで、ちょっと」
 郁夫としては他人の悩み事など聞きたい気分ではなかったが、ここのところ浮き足だって仕事のミスが目立つ郁夫を、後輩ながらさりげなくフォローしてくれていた幸恵には少なからず感謝していた。となれば、話くらい聞いてやってもいいだろう。
「家でなにか問題でも?」
「はい。わたし、祖母とふたり暮らしなんですけど、最近祖母が倒れて、いよいよ介護が必要かなぁ、って」
「そうか、それは大変だね」
「祖母は最近まで家政婦としてはたらいていたんですけど、その雇い主の方が亡くなって、仕事がなくなったとたんに、なんだか気が抜けてしまったみたいで」
「なるほど。そういうことって、あるのかもしれないな。でも介護するとなると、どうするの? ヘルパーを雇うとか?」
「ある程度はそうするしかないと思うんです。でも、それにもお金がかかるし……。わたし自身が介護できるなら、それに超したことはないんですけど」
「でも、それじゃ大変だろ?」
「わたし、両親を早くに亡くして、祖母に育てられたんです。この世でいちばん大切な人なんです、祖母が。だから毎日ずっと一緒にいたいくらいなんですけど、こうなったからには、わたしがはたらかないと生活できないし……」
「そうか……。きみはやさしい人なんだな」
「いえ、そんな……」
「きみもおばあさんも心穏やかに過ごせる方法が、なにか見つかるといいね」
「ええ。ありがとうございます」
 幸恵はにこりとして仕事に戻った。
 郁夫はそんな幸恵を目の隅から観察した。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13