小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

 しかし一度高級ブランド品をプレゼントしてしまうと、そのあとレベルを下げるわけにもいかず、そもそもなんの理由もなく贈りものをしてしまったために、つねになにかを贈らなければ由香里の気持ちをつなぎとめておけないような気分にさせられた。実際、なんのプレゼントもないデートがつづくと、由香里があからさまに不機嫌な顔をするようになった。数個目のプレゼントのあとでようやく許してもらえた口づけも、プレゼントがない日はきっぱり拒絶される始末だった。
 こんな調子では、ベッドに行き着くまでにいったいどれくらいの贈りものをしなきゃならないんだろう? 何度かさりげなく誘ってみたことはあるのだが、そのたびになんやかやとごまかされ、けっきょくたどり着けずにいる。かなりの貯金があったおかげでここまでなんとか乗り切れた郁夫だが、さすがにあとがつづかなくなってきた。
 このままでは由香里に捨てられてしまう。
 そんなのいやだ! せっかくあんな美人を手に入れたのに。
 そんな気持ちが強すぎたために、郁夫は自分が置かれている状況を客観的に見ることができなくなっていた。
 そこへ、自由に使える500万円が転がりこんできたのだ。しかも、すぐに使い切らなければならない。由香里をつなぎとめる絶好のチャンスではないか。
「よし、これで由香里が前々からほしがっていたエルメスのバーキンを買ってやろう」
 久しぶりに由香里のよろこぶ顔が見られるぞ。
 いや、待てよ――郁夫はふと考えた。
 この際……この際、指輪を贈ったらどうだろう?
 そう、プロポーズするんだ、彼女に。
 彼女を妻にしてしまえ。
 そうすれば、これ以上プレゼントをする必要もなくなるだろう。
 少なくとも、いまほどせがまれることはないはずだ。代わりに安定した生活を提供してやれるのだから。結婚すれば、さすがの彼女も現実が見えてくるにちがいない。
 しかし、承諾してくれるだろうか? そこが問題だな。
 でも、500万円もする婚約指輪をプレゼントすれば、高級ものに目がない彼女のことだ、オーケーするに決まっている。
 500万円もする指輪を前に、拒否できるような女じゃない。
 そうだそうだ、結婚しよう!
 郁夫はそう決意し、銀座の高級宝飾店に向かった。

「え、これ、あたしに? ええーっ!?」

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