小説

『500万の使い途』おおのあきこ(O.ヘンリー『千ドル』)

「え? あ、ああ。ま、まあね。へへ」
 もう辞めていく人間に、そもそも婚約すら成立していなかったことを説明して赤っ恥をさらす必要もあるまい。
「佐藤さんの奥さんになれるなんて、幸せな人ですね」
「え? そ、そうかな……」
「じゃあ、これで失礼します!」
 幸恵は少々大きすぎる声でそう告げたあと、ぺこりと頭を下げ、足早に去っていった。
 郁夫はその後ろ姿をしばらく目で追っていたが、やがて小さなため息をもらし、仕事に戻った。

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