「……はぁ。それはまあ、ありがたいことですが」
弁護士が紙切れを1枚、すっと差しだした。
「もちろん、佐藤さまには拒否する権利もございます。ですが、けっして悪いお話ではございませんので、おじさまのご遺志を尊重なさってはいかがでしょう? 先ほど申し上げた条件でご納得いただけましたら、こちらの念書にご署名をお願いいたします」
紙切れには、時田が出した条件が箇条書きされていた。
受け取った500万円を1か月以内に使い切ること。
その使途の明細を文書にて弁護士に報告すること。
実に奇妙な話だ。
もちろん、たとえ条件付きでも500万円を受け取れるのなら、郁夫にしてみれば非常にありがたい話だった。
しかし……。
「あの、こんなこと言うのもナンですけど、たしかおじはかなりの資産家でしたよね? 事業で大成功して相当な財を築いたと、母から聞いていました。母が亡くなったときも、お香典の額にびっくりしましたもん。えへへ」
郁夫が愛想笑いをしても、弁護士は能面を崩さなかった。
「たしかに、時田さまは資産家でいらっしゃいました」
「ですよね? なのに……っていうか、まあ、なんていうか、500万円って、ずいぶん中途半端な額のような……あ、いえ、少ないって文句を言ってるわけじゃなくて、その、おじにはたしかお子さんもいなかったはずだし、ほかの遺産はどこに行くのかな、なんて、ちょっと思ったものですから。おじにはぼくの知らない身内でもいたんですかね?」
弁護士の表情は変わらなかった。
「いえ、時田さまは奥さまが亡くなられて以来、天涯孤独のような存在でした」
「じゃあ……?」
「いまは、これ以上わたくしどもから申し上げられることはなにもございません」
「……はぁ……」
弁護士が先ほどの紙切れをさらに数センチ、郁夫のほうに押しやった。
「いかがいたしますか? おじさまのご遺志を尊重されますか? それとも――」
「あ、はい、もちろん、尊重しようと思います。せっかくなので」
「かしこまりました。それでは、こちらにご署名をお願いいたします」