小説

『入水失敗の醜女』玉響かをり(『宇治拾遺物語』「空入水したる僧の事」)

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 むかしむかし、とある王国に、水きらめき緑映えるキーン地方という豊かな土地が広がっていました。
 そのころ、キーン地方の領主夫妻にはふたりの娘がいました。蒼天の陽光にたとえられるほどに美しい姉リュクスと、朝日の下ではまちがっても鉢合わせたくないと蔑まれるほどに醜い妹シェルスです。
 リュクスが生まれたとき、領主夫妻と産婆はまさに女神が誕生したと言って歓喜したものです。リュクスの誕生日がおとずれるたび、キーン地方の人びとは各地の村や町で祝賀のうたげを張りました。なかには、領主夫妻の屋敷までこだわりの名産品や貴重な鉱石をはるばる届けにくる者たちもいたそうです。
 それだけでも相当な盛りあがり様でしたが、やがて彼女の誕生祭は神への感謝祭につくほどに大規模なもの、ずばり女神の誕生祭さながらのものになりました。といいますのも、リュクスは六歳の時点で、おさないにもかかわらず見る者を虜にしてしまうような光輝の美を発揮していましたから、その年の彼女の誕生日以降、女神の尊顔を拝して祝いの品を献じたいという者が王国中から殺到するようになったのです。実際、国王の命令によって大神官がわざわざ式辞を述べにくるほど、公的にも別格の観を呈していました。
 しかしシェルスが生まれたときはといえば、領主夫妻も産婆も赤んぼうの人外じみた顔つきに卒倒し、大神官までもがキーン地方に神の天罰がくだったのも同然だと解釈して畏縮したものです。シェルスの誕生日をめでたがる者は王国内に一人としていませんでした。とくにキーン地方の人びとは、当日、一年のうちでもっとも忌々しい日だという険悪な緊張感を強いられていたくらいです。
 領主夫妻と大神官は、五歳になって善悪の分別がつきはじめたシェルスに対し、おまえほどの醜貌はれっきとした悪しき罪に当たるのだから、おまえは今年から誕生日にはひねもす聖堂にこもって神に赦しを乞わなくてはならないと言いつけました。当のシェルスは言いつけを従順に守るのみならず、みずから毎朝おごそかな祈りの時間をもつようにしました。生まれたときからずっと、近くの人からは挨拶代わりに容姿をけなされ、遠くの人からは敵意の視線を向けられてきたので、本人もすでに自身の醜さは悪なのだろうと認識していたのです。むしろ、シェルスがこの世ではじめて知った悪の種類こそ、自身の醜さにほかなりませんでした。
 この姉妹は、見た目だけでなく中身も正反対でした。
 リュクスは十九歳になっても極めて自己中心的で、家事を一切手伝わないどころか屋敷で飼っている鶏や馬をむやみに脅かしたり、家庭教師にさからって最低限の読み書きと計算法しか覚えようとしなかったり、みずからの美貌や領主の長女であることを鼻にかけていました。それでも、常にちやほやと甘やかされ、縁談の申し込みが途切れることもありませんでした。これほどの美女にもちょっとした欠点があるものだと、かえって親近感を与えていたくらいです。
 かたやシェルスは十六歳をむかえたころからますます視野を広げ、侍女たちが嫌がる面倒な家事やたくさんの家畜たちの世話に率先して励み、難解な外国書に親しむにとどまらずキーン地方の経営を把握し、それでいて自慢話のひとつもせずに慎ましく振る舞っていました。とはいえ世間では、尋常でなく醜い容姿だけが取り沙汰され、あまりある美徳はすべてないもののように無視されていました。あれほどの醜女なのだからせめて外見以外になにか美点があってもよいものだがと、かえって不快感を与えていたくらいです。

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