小説

『入水失敗の醜女』玉響かをり(『宇治拾遺物語』「空入水したる僧の事」)

「まあ、恐ろしい。こっちに来ないでよ、さっさと父さまと母さまに報告しに行きなさいってば」
 すさまじい剣幕で怒鳴りつけられ、シェルスは思わず数歩しりぞきました。
 ところが、閉じられかけた扉のすきまからリュクスの部屋を垣間見たとき、シェルスはおかしな事実に気づきました。リュクスの机のうえに、何冊ものぶ厚い本が散乱していたのです。家庭教師から何度うながされても読書に親しもうとしない姉が、どのような風の吹きまわしで、どのようなたぐいの本に読みふけっていたのかと、シェルスとしては漠然といやな予感がしました。
「お姉さま、失礼いたします」
 シェルスは申しわけないと思いつつも、リュクスの部屋に押しいりました。そして、すべての本の題名をたしかめるやいなや、シェルスはたちまちリュクスの非情な罠を推理したのでした。衝撃のあまり立ちくらみしたシェルスは、そばにあった椅子に寄りかかりました。
「あら、お姉さま? どうして大蛇に関するご本ばかり読んでいらっしゃったの?」
「なにを言い出すかと思えば。ただの偶然よ」
 リュクスの顔はこわばり、血色もすこぶる悪くなっていました。
「お姉さま! もしかして、大蛇の平石ははじめ、お姉さまの枕もとに置いてあったのではないですか。それをお姉さまが、わたくしが寝ているあいだに、わたくしの枕もとに……」
 言いつのるシェルスのほおを、リュクスが思いきり平手打ちしました。
 シェルスの推理は、たしかに当たっていました。さきほどリュクスが扉を開けるときの反応が早かったのも、夜半すぎに大蛇の平石をシェルスの枕もとに置いてからというもの、今後どうなることかと不安で寝つけず、夜どおし大蛇について調べつづけ、ずっと起きていたからだったのです。
「いい加減にしてちょうだい。どんな勘ちがいをしているのか知らないけど、あんたの言い分なんてだれも聞いてくれやしないんだからね」
 リュクスは嫌味たらしく口角をあげました。そうした表情ですら、とげがあるゆえに触りたくなってしまうような麗しい薔薇を想起させるのでした。シェルスは悲しげに笑いました。その笑顔は、汚い手でくしゃくしゃに丸められて打ち捨てられた安っぽい紙くずをいやおうなしに連想させるのでした。
「わたくしにはお姉さまを責めるつもりはありません。ただ、大蛇をだますような真似をいたしますと、あらゆる人びとが不幸に……」
「だますってなんのこと? どきなさい。あたしがパパとママに言ってくるわ」
 リュクスは柳眉をひそめてシェルスの発言をさえぎると、領主夫妻の寝室に駆けてゆきました。シェルスもあとを追おうとしましたが、極度の失意に打ちのめされて、身体がどうしても動きませんでした。

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