小説

『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)

 両親はこの春から別居を始めて、夏には離婚した。二人が何で離婚することになったのか、まだ小四で十歳のわたしにはよくわからない。たぶん、お父さんが残業や出張ばかりであんまり家に居なかったからじゃないかと思う。
 別居する直前、お母さんとお父さんは一緒にいても、ほとんど何も話さなかった。いまではお母さんも正社員として働き始めて、残業や休日出勤が増えた。毎日忙しそうだけど、生きるか死ぬかという重たい雰囲気だったあの頃とは違う。二人は別れて良かったのだと思う。
「あ、尚子。明日ね、あなたお父さんに会う日だから」
「へ?」
 金曜日の夕飯時、お母さんは突然そう言った。
「え、お父さんに会うの? 明日?」
「離婚するときに決まったのよ。わたしのとこで育つ代わりに、あなたが十五歳になるまで、三か月に一回、お父さんにあなたを会わせるって。裁判官も立ち会ってるのよ。すごいでしょ。あなたもたまにはお父さんに会いたいでしょ」
「急にそんなこと言われても」どう答えればいいかわからなかった。
「あ、だめよ。十五歳になってからもお父さんと会うかどうかはあなたが決めることだけど、それまではもうお母さんとお父さん、約束しちゃったんだから。約束破るとわたしが悪いやつになるんだから。そんなの嫌じゃない。ちゃんと行きなさい」
「え、うん」
 お母さんの有無を言わせない調子に圧倒されてしまった。けれどよく聞けばお母さんも、どこか不安そうではあった。
 両親はたぶん、お互いもう二度会いたくないってほどこっ酷く別れたのではないと思う。それでも一緒に暮らすお母さんとしては、わたしがお父さんに会うというのは複雑なのかもしれない。
 それにしてもこんなに早くお父さんと会う日が来てしまうとは。
 わたしはもう半年以上、お父さんと顔を合わせていない。それでまったく寂しくないし、離婚のときには、裁判所で微妙な受け答えをしたことがある。それでなんとなくお父さんには後ろめたいような気持ちがあった。離婚とか別居の以前から、本当に残業や出張が多くて、いまひとつどういうひとなのかわかってないところもある。
 明日の昼頃、お母さんは待ち合わせの喫茶店までわたしを連れて行き、そこでお父さんと入れ替わり、わたしは夕飯前までの半日を、お父さんと一緒に過ごすということらしい。

 両親の離婚は基本的にわたしの知らないところで勝手に進行していったけど、そのあいだ一度だけ、わたしは裁判所に呼ばれ、コメントらしきものを求められたことがある。

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