小説

『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)

 裁判所といってもドラマに出てくるような法廷に呼ばれたのではなくて、わたしが行ったのは学校の進路相談室みたいな、こぢんまりとした部屋だ。弁護士なのか裁判官なのか、何者かよくわからない女のひとは、ぱりっとしたスーツに身を包んで遠回しに「最近はお母さんと住んでるんだよね。新しい学校はどう? 友達はできた?」みたいなことを聞いてきた。
 ぼんやりと「どう?」とか言われても。
 つまりドラマや小説でよくあるように、「お父さんとお母さんどっちと暮らしたいの」的なことを探りたいのは間違いなくて、わたしはやりにくさを感じながら、「えっと、友達、できました」とかそういうぬるい答えしか返せなかった。
「お父さんがおうちにいないとさみしいよねえ」
「あ、でも、もともとあんまりいなかったし、さみしくはないです」
「そっかあ」
 この「そっかあ」を聞いたとき、わたしはちょっと「しまった」と思った。お母さんの味方もお父さんの味方もしたくなかったのに――わたしは別にお父さんのこと嫌いじゃないし、お父さんと暮らすことになってもそれはそれでしょうがないって思っていたのに――これじゃあお母さんと暮らしたいって思ってるみたいだ。
 でもわたし、お父さんのことも好きです。
 無口だし、いろいろなところに遊びに連れて行ってくれたわけでもない。でも、太ってないし、運動会のときなんかは他のお母さんたちに「素敵ねー」とか言われていたし、頭ごなしに怒られたこともない。わたしはお父さんのことをそこそこ好きだった。それなのに、このわざとらしい女のひとに、わたしは「お父さんのことも好きです」と言ってあげられなかった。
 漠然と、お父さんはわたしを恨んでいる気がして、だからお父さんに会うのが少し億劫なのだった。

 次の日、千代田線に乗ってわたしとお母さんは日比谷駅に向かった。
 工事中で剥きだしの天井を見上げながら階段をのぼり、外に出る。雲一つない秋晴れの下には真昼の直射日光を反射するアスファルトが広がり、その上では、何かに耐えるように灰色のビル群が林立している。通りすがりのおじさんは土曜日なのにスーツを着て、古いビルのがたつく自動ドアをくぐっていった。
「えーっと、劇場よりちょっとこっちだから……」
 スマートホンを片手に、方向音痴のお母さんがわたしの先を歩く。劇場の近くでは、土曜日でも働くおじさんのほかに、上品な雰囲気のおばさんとか、デートっぽい感じのお兄さんとお姉さんが歩いている。トランクを引く外国人も。
 大きな横断歩道を渡ってガード下を行ったり来たりして、お店なんて何も入ってなさそうな灰色のビルのうちのひとつに入る。

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