小説

『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)

 そうしてやっとお父さんはわたしのほうを向いた。
「おもしろかった?」
「うん」夢とごちゃ混ぜでわけわからないけど、わたしは映画館に来たのに満足していた。
「終わりのほうとか、アクションかっこよかったよな」
 全部見ていないくせに、お父さんはしたり顔で言って、からっぽになったポップコーンや飲み物をトレイにのせて立ち上がった。わたしも膝にのせていたショルダーバッグを肩にかけて立ち上がる。お父さんの後をついていく。ひと眠りして、頭はむしろすっきりしていた。

 そしてわたしたちはまた地下の喫茶店へ戻って来た。
 お父さんは、今度はホットコーヒーではなくホットココアを頼んだ。わたしもホットココア。喫茶店のおじさんは、わたしたちを見て「ん、こいつら、昼も来たな」と一瞬あからさまに怪訝な顔をした。
「お母さんまだ来てないね」
 ココアを待ちながら、わたしは言った。言ってから、今日初めて、自分からお父さんに話しかけたことに気が付いた。なんとなく緊張して、ずっと話しかけられないでいたのに。
 お父さんはそんなことを気にする様子もなく、「ああ、きっとあのひと、時間ぴったりに来るんだろうなあ」と眉間に皺を寄せた。わたしは思わず少し笑ってしまった。
「はいココア二つ」
 おじさんがココアを持ってくる。わたしたちは向かい合って、お砂糖を入れなくても甘いココアを、ふうふうと息を吹きかけながら飲んでいる。
 相変わらずお父さんはどんなひとだかよくわからない。けれど、わたしはやっぱりお父さんが、決して嫌いではない。

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