「なんで助けたりしやがんだ!」
カンダタがお釈迦様を怒鳴りました。
「なんだって原作どおりにしねぇんだよ!」
カンダタが目と歯を剥いて御仏に詰め寄ります。口角から涎が垂れていますが、怒り心頭に発している彼は気にも止めません。それもそのはず、教科書にも載るほど悪名高い存在として知られているというのに、こうして極楽に引き上げられたのでは、ただ「仏に救われた悪人の中の一人」――それこそ生きていようが死んでいようが誰にも顧みられない無名人に成り下がってしまいます。カンダタは顎をしゃくると、訴えるようにまくし立てました。
「賞状つったら、中学の卒業証書くらい。それで一生真面目に働いたところで、イチローの年俸も稼げやしねぇ。そんな凡人が、善から悪かれ不朽の名作に名を残せたんだ。才能もなきゃ有名でもねぇくせに自己顕示欲だけ旺盛な素人がスター気取りで毎日せっせと更新するSNSの比じゃねえんだよ。それをっ」
「ち、ちょっと待ってよ、KANちゃん」
お釈迦様が慌ててカンダタを制せられました。カンダタは御仏の言葉尻をとらえて皮肉ります。
「KANちゃん、と来た。けっ。愛は勝つってか?」
「聞いて頂戴、KANちゃん。実はあたしも迷ったのよ、あの時点で」
「あの時点?」
「KANちゃんが連中を怒鳴ったとこ」
「ああ。おこぼれにあずかろうってヤツらだな。馬鹿野郎。そもそも俺の糸じゃねえか!」
「原作はそこで切る。KANちゃんにガッカリしてね」
「そうさ。てめえのことしか考えねぇ極悪人。だから教科書にも載んだろう? 『ああ、僕は絶対カンダタにはならないぞ』つって」
「お手本にもならないわね」
「なに抜かす。それでちったぁ道徳に貢献してんじゃねぇか。ただ糞便と愚痴と二酸化炭素出すだけの無名人よりよっぽど存在価値あらぁ!」
「KANちゃん!」
宥めようとされてか、それとも止まない屁理屈に辟易されたのか、お釈迦様がいきなりカンダタの手を取られました。御仏だけあって、マシュマロのように柔らかく潤いもございます。その女性的感触に、カンダタは「ひゃっ!」と一瞬身震いしてお釈迦様を振りほどきました。