小説

『カンダタの憂鬱』poetaq(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 雲片をカキ氷のようにほとばしらせる転法輪に、カンダタは顔をしかめました。というのも、小中時代、「ダッタ、ダッタ、あそこが立ったぁ!」と悪童らにいじめられていたからです。そんな苦い過去など知る由もない御仏は相変わらず目眩く速さのスピンを続行なさいます。
「きゃくごかむりょーこー(却後過無量劫)、とーとくじょーぶつ(当得成仏)……」
「じょーぶつ?」
 カンダタが訊き返した時です。お釈迦様はぴたりと両腕をY字に停止なさると、ハッと仰け反ったカンダタにおっしゃいました。
「ぐっじょーぶつ」
「…………」
「いいね!」
 呆然と瞬きするカンダタに御仏が右親指を立ててウインクなさいました。
「ああ、キモっ!」
 カンダタが自分の肩を抱きました。そしてサッとお釈迦様に背を向けると、池に屈みます。
 嘔吐ではありません。というのも、カンダタは目を閉じて深呼吸すると、「はっ!」と爪先で雲の地を蹴ったのです。自力で戻るしかない、と腹をくくったのでしょう。
「あっ!」
 その時でした。お釈迦様が素早くカンダタの足首を摑まれると、バシャバシャと水面を叩く彼を逆さ吊りにされたのです。カンダタは「はは離せ!」と必死で両手をバタつかせますが、高々と吊るされているため、指が雲の地に着きません。カンダタは胸で呟きます。やっぱ、侮れん……。
「だから、独りにしないでって言ったのにぃ」
 お釈迦様が甘え口調で言われました。「この演技は本気」とでも察したのでしょう、カンダタは頭に血がのぼっているのもあって、とりあえず反省の色を示さねばというように慌てて謝るのでした。
「わわ分かった、俺が悪かったよ」
「ホントに?」
「ほほホントさ。だから、離してくれ。仏をほっとけねぇだろう?」
「えぇ?」
「ほほ仏をほっとけっ」

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