小説

『カンダタの憂鬱』poetaq(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

「ささ触んな!」
 カンダタが警戒の目でお釈迦様を睨みます。視線が泳ぎ気味なのは、恐怖のせいでしょうか。口調もどことなく及び腰です。
「たた確かに暴行も重ねたが、相手は女子大生か人妻と決めてた。悪いが、そのケはねぇ!」
 おっ、と池に片足を突っ込みかけて、カンダタは慌てて態勢を整えました。なにせ、大のホモ嫌い。というのも、娑婆でも黄泉でも入獄早々、イニシエーションと称して先輩囚徒や獄卒から口にするのも憚られる恥辱を受けてきたからでした。カンダタはレスラーのように前傾を保ち、お釈迦様に対しました。
「ああ、ご免ご免、KANちゃん」
 お釈迦様が取りなすように謝られます。
「久々のリアルだったものだから」
「リアル?」
「いやぁ、あたしの弟子って舎利弗にしろ阿難にしろ、みんな優秀でしょ? 滅多に感情を表に出さない。でもKANちゃんのあの時の顔っていったら本当にイヤそうだった。かの写楽だってあそこまで描けないんじゃない?」
 お釈迦様が懐から手の平に収まる長さの銀盤を取り出されました。スマートホンです。御仏はその画面を手馴れた様子でタップされながら語を継がれます。
「ずっと極楽にいると退屈でならないの。弟子たちも皆、他の惑星に生まれ変わって説法してるし。だから、やることといったら彼らとチャット? それからゲームくらいかな」
「…………」
 カンダタが胡散臭げにお釈迦様を睨みました。地獄が長い彼です。KANやイチローはもちろん、スマホの存在は前世紀に末来の獄卒から一応聞き知ってはいました。ただ、ここ数年、拷問に苦しむ罪人の盗撮被害が急増、その動画を本人の鼻先にちらつかせては「お前も娑婆じゃヒーローみたいだ」などと悪戯投稿、いわゆる「バカッター」に興じる輩もいたりで(朱に交われば赤くなる、ということでしょうか)、カンダタのスマホに対するイメージは決して良いものではなかったのです。
「ちっ。チャットにゲームだぁ? それが仏さんのすることか」
「でも、読書もやってるのよ。kindleで読んどる」
「…………」

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