小説

『雲の猫』猫野湾介(『蜘蛛の糸』)

 釈かの子はグルメで、さまざまな〈加工自己愛〉を口にしてきた。
「こんな宝石が持てるわたしはすごい」というモノへの執着に加工されたもの。これは衣が分厚い天ぷらみたいなもので、はがして食べることもできるし、油でぎとぎとした衣ごとさっと煮て、丼にすると実にうまかった。
「子どものためならどんな犠牲も払うし、なんだってできる」という〈加工自己愛〉は、なんのことはない、質の悪い自己愛に一番安い砂糖をまぶしたよくある駄菓子なのだが、食べだすととまらない。
 男女の愛情の〈加工自己愛〉は、性を持たない釈かの子にとってはエスニック風味で悪くないが、腐りやすくて日持ちがしない。
 いずれにしろ、モノへの執着、金への執着、他者への愛や憎しみ、すべては自己愛の加工食品なのだ。
 暇な釈かの子はそれらを食べて食べて、肥満してしまった。流行ものにも弱いから、「加工抜きのオーガニックな自己愛を食べて、らくらくダイエット!」というのを始めてみたくなったのだった。喜捨セミナーはかの子にとって、極上の食材を探す仕掛けだ。

 極楽の足湯にぽちゃりと膝下を投げ入れたロータスがつぶやく。
「あの、カンダタダコの自己愛は、加工されてなかったんじゃないですか? 誰も愛していなかったようですが」
「わたしだってそう思ったわ」
 釈かの子は言い、指先を差し出した。
 まるで白いロープのように下界まで伸びている長い長い爪は、先端にはフェイクファーが貼り付けられ、指についている部分は猫ブームに乗って白い猫のネイルアートが施されている。
「猫のしっぽじゃなくて、釣糸がわりのわたしの爪の先だったのにねえ。通りすがりに近い記憶の中の猫を想起して、突然、無私の情をかけるなんて。カンダタダコにはびっくりよ。あれは自己愛でもない、加工自己愛でもない、本物の愛かもしれないけど、自己愛以外の天然物の愛って危険なの。わたし、デリケートでしょう。食あたりしても嫌だし、アナフィラキシーショックなんか起こしたら大変だもの」
 そう言うと、釈かの子は銀の爪切りでぱちんと爪を切った。
 白い猫のアートも、白いしっぽをかたどった長い長い爪先も、一緒に下界に落ちていった。
「ロータス。そろそろお昼よ。昼ごはん、何にする?」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11