小説

『タンホイ座』佐藤奈央(『タンホイザー』)

タンホイ座は女子禁制、男だけの劇団だと言う。彼女を作るのは自由だが、それを稽古場には持ち込まないと言うのがルールだった。稽古とデートが重なったときは、稽古を優先すること。彼女を稽古不足の言い訳にしないこと。結果、彼女ができたり結婚したりした者は自然と劇団を去っていくが、古村はそれでいいのだと言った。
「芝居に恋愛なんか不要なんだ。恋愛するパッションがあるなら、芝居に注ぐべきなんだ。オレは、モノづくりの原動力は、男の友情だと思ってる。それに何事も、女が絡んでくると面倒くさいだろ?」
ヒトシは古村の熱さと勢いに気圧されながらも、強く惹かれるのを感じた。彼女との別れを経て、女性不信は極まっていた。タンホイ座なら、今の自分を受け入れ、肯定してくれるような気がした。

もう一つ、劇団には「鉄の掟」があったが、そちらは自分にとって、さしあたって深刻な問題になりそうもなかったので聞き流した。ヒトシが25歳の、その時点では。

ヒトシは稽古場に顔を出すようになった。そこでは新宿の安酒場で飲んだくれていた男たちが輝いて見えた。いつしかヒトシも、舞台に立ってみたいと思うようになっていた。
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本番まで一ヶ月を切った稽古場は、活気に満ちている。
今年は、古村が学生時代にタンホイ座を旗揚げして20年。そこで、旗揚げ公演の演目で、劇団名の由来にもなった「タンホイザー」を上演することになっていた。「タンホイザー」は元々、ワーグナー作のオペラ。これを古村が脚色し、歌にセリフを交えた音楽劇に仕立てたのだ。

舞台は中世のドイツ。主人公は吟遊楽人で抜群の歌唱力を誇る騎士、ハインリヒ・タンホイザー。長らくナゾの失踪を遂げていたが、このほど仲間たちの元に突然帰還して、歓迎されていた。今回は劇団の古株で、音大卒の荒木が演じることになっている。騎士たちのリーダー的存在で、誠実な人柄のヴォルフラムを演じるのは古村。タンホイザーを慕う領主の姪・エリザベトは、女役専門の尾山が演じる。まだ経験が浅いヒトシは、「民衆A」の役で、主に裏方としてサポートすることになっていた。

この日の稽古は最大の見せ場「歌合戦」の場面だった。
場は、ヴァルトブルク城にある大広間「歌の殿堂」。タンホイザーら騎士たちが、領主や民衆の前で「愛の本質とは何か?」について、それぞれの考えを歌にのせて披露し、競い合う場面だ。

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