小説

『ユキの異常な体質/または僕はどれほどお金がほしいか』大前粟生(『雪女』)

「自分でもわかんないけど、見えるの」
「わかった」
 僕はコップをいくつも持ってきてバケツの水を注いでいった。少しこぼしてしまって、慌ててティッシュで拭いてユキにばれないようにした。
「大丈夫? 暑くない?」
「大丈夫、ありがとう」こぼしたことは気づかれていないみたいでほっとした。
「こうなることは、知ってた?」
「知らなかった」
「これからどうする?」
「どうしよっか」ユキの声は震えていた。
「泣いてるの?」
「うん、よくわかったね」
「わかるよ。それくらい」
 うそだ。本当はぜんぜんわからない。目の前にあるのは、ただの喋る水だ。泣いても水かさが増えたりしない。

 きのうのことも、前のパパが死んだ日のことも実はぜんぶ幻で、僕は長すぎる夢を見ていたんだ、起きたらそうなっていたらいいと思いながらねむった。いや、ねむったというよりは気絶したのだった。寒すぎて。
 朝起きたら床でユキがねむっていて、僕は「帰ってくれ」といおうとしたけれど口が凍りついていた。他の雪女がそうするのかどうかは知らないけど、ユキは立ったままねむっていて、足は青い、大きなバケツに入っていた。どこから持ってきたんだろう。僕がお湯で口を溶かして部屋にもどるとちょうどユキも起きたところで、僕は「なんでバケツに入ってるの?」と聞いた。
「ほら、私って、いつ溶けるかわからないから」ユキは笑いながらいったけど、そのときの顔はよくテレビドラマなんかで見る、余命がもういくらもないのに周りの人を気づかって無理に笑っているみたいな笑顔だった。
「どうして、僕なの?」と僕は聞いた。「どうして僕のところにきたの?」
「別に、あなたを選んだわけじゃない。たまたまよ。たとえば前を歩いている人が道で急にだれかに襲われたとするじゃない。そしたら警察に通報するよね。ほとんど反射的に。そういう感じ。わかる?」

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