小説

『柿の世界征服』相田想(『猿蟹合戦』)

 そうして振り返り尻を見てみると、半分溶けて無くなっていた。
 ひぃぃぃぃっと叫んで猿はもう痛みとショックで何が何だか分からなくなり、外へ駆け出した。
 玄関に差し掛かったその時、猿は紐のような物に躓いて転んだ。ぎぃぃぃぃっと再び尻の痛みを実感したのも束の間頭上から大量の石が落ちてきた。ごすごすごすごす。猿は自分の肉や骨が砕けていく音を聞きながら目の前に泡を吹いた蟹が居るのが見えた。
 それにしても尻がいてぇと猿は思った。
 蟹は「いひひひひひひ」と痙攣したように笑った。全ては蟹による復讐であった。
 蟹は蟹で猿に渋柿をぶつけられ凹んで以来、打ち所がわるかったのか始終泡を吹くなどして気が狂ってしまっていた。それにより復讐が度を越したものになってしまったのは皮肉なものである。それにしても何故尻ばかり狙ったのであろう?特に猿の尻に何か恨みがあったのだろうか。
 蟹は狂ってしまってはいても、自分の行くべき所は分かっていた。柿の木である。
 柿を食べなければ僕様は死んでも死にきれない。そんな心を胸に蟹は柿の木までやって来た。
 「あら。お前はいつぞやの蟹じゃない。なに。未練がましくまた来たの?泡を吹いて気持ち悪いわね。ああ、猿公はまだ戻らないのかしら?この蟹に止めを刺してあげないと」
 「ぐぶ、ぐぶぶ。猿は、さっき、さっきね、僕様が、こ、殺したよ。ぐへ。えへへへ。あ、あいつの家に罠を、し、し、仕掛けておいた。ひひひひひひ。尻を溶かしてやった。ひひ。石で潰れて、し、し、死んだ。ふ、復讐だ。復讐だ」
 え?やけに遅いと思ったらそういう事、か。情けない猿だこと。蟹なんかに殺されるなんて。ま、いいわ。次が居るわよ次が。この目の前のクズは対象外だけれど。
 「ふぅん。まあ良かったじゃない。復讐が出来て。私も流石にあれは無いわ。って思ったもん。酷いわよねぇ友達に渋柿ぶつけるなんて。信じられないって感じ」
 「柿、くでよ。僕様、柿、食べる」
 えええ?なんかこいつ、頭おかしくなってない?渋柿に当たって?ぷっ。笑う。でもずっとこんなのに此処に居られたら気がおかしくなっちゃいそう。何か良い考えは無いかしら?あ、そうそうそう。熟し過ぎて落とした柿があったわね。今は虫が集っているけど。ふふ。脳に虫が集っていそうなあのグズにはおあつらえ向きじゃん?
 「そう。柿が食べたいの。丁度食べ頃の柿をそこに落としてあるわ。どうぞお食べ」
 「か、柿。柿。柿、食べない、と」

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