小説

『蜜柑の雨』柿沼雅美(太宰治『蜜柑』)

ツギクルバナー

 或る冬の日の昼間。私は私鉄の電車の座席に腰を下ろして、ぼんやりと発車するのを待っていた。平日の昼間だからか珍しくほとんど乗客はいない。外を覗くと、ホームにも人が少なく、中年の女性の隣でお出かけ用のバッグに入れられた犬が一匹、時々悲しそうに吠えていた。その景色すべてが、今の私の心持ちに不思議なくらい似つかわしかった。
 私は後ろの窓枠へ頭をもたせて、電車がずるずると走りはじめるのを待つともなく待ち構えていた。ところがそれよりも先に、ぱぱんぱぱんと音をたてたローファーがベルを鳴らして閉まろうとしているドアに慌ただしく乗り込んできた。
 私立の女子校だろうか、膝丈のスカートに学校の校章が印字されているバッグを持っていた。ブレザーの上に赤と紺のチェックのマフラーでぎゅっと首をくるんでいた。
 髪は肩までの黒色ストレートで、前髪はまつげにかかるくらいの長さだった。化粧はほとんどしておらず静かな印象を受けた。まじめに学生生活を過ごしてきて、劇的な楽しみもないような女の子を見て、昔の自分の雰囲気と似ている気がして心の奥に不安がぽつぽつと水玉のように生まれていく感覚がした。自分はこの女の子と同じ頃のまま見た目だけが大人になってしまった気がした。
 彼女の後ろでドアがシューッと閉まり電車が動き出す。それまで、一人で時間の流れが緩まっていくのを感じていた私は、彼女の若々しい空気に全てが遮られたように感じた。彼女が私と二人分の距離を開けて座った瞬間に、お尻の下の布がぼわんとたわんで、それがまた私を不快にさせた。
 いつもならば電車の中ではスマホでも見て気を紛らわせることができても、今日はスマホを見る気にさえならなかった。ニュースを見ればテロや難民が発生し、有名人の何人もの癌の進行が書かれ、男が女児を誘拐し、子供が親を殺している。
 SNSを見れば仲の良かった友人たちの今日のランチのメニュー、ウエディングドレスの姿、出産し子供と笑っている姿、好きなアーティストの眩しいオフショットが映し出される。それらが毎日、私の手の中で悲しいくらいの熱を持って溢れていた。

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