小説

『The Wolf Who Cried 2020』田仲とも(『狼少年』)

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 ウゥーウウ、ウゥー。
 狼の遠吠え。同時に規則正しく避難をはじめる人形の群れ。すっかり見慣れた日常の光景だ。僕の視界は今日も恒常的な無機質に覆われている。年中低めに設定された室温が体感でさらに一、二度冷たく感じられるのも毎日のことだ。
 やれやれ……。
 自然と漏れた溜息が眼前を漂った。この無味乾燥なシステム開発室では、呼気がすべからく白い。あの人形達のせいで室内でもコートが必要なのかと思うと、どうにもやりきれない。熱に弱い『コンピューター』を守ることが優先とされ、人間の方が苛酷な環境下に置かれるなんて世も末だ。
――アンドロイド。
 人工的に生み出された人型の労働力。コンピューター(法律上での言葉で呼ぶならば電子計算機)の最たるもの。
 奴らは僕ら人間の苦労を知らず、涼しい顔で避難を進める。姿は限りなく僕らに近しいのだけれど、その佇まいはどこか異様だ。『不気味の谷現象』が提唱されて五〇年、人形達は未だ差し挟む深い谷を攻略することはできていない。
……いいよな。お前らは。
 ずらりと並んだ無個性な背中を見て、僕は微苦笑を浮かべた。どれも飄々として疲労の色が少しも見えない。開発納期間近だというのに、奴らは一切疲弊していないのだ。与えられた指示に従い、決められたことを決められた通りに遂行する。その淡々とした様には疲労の蓄積どころか、いっそ気楽さすら見て取れた。
ウゥーウウ、ウゥーウ。
 狼の遠吠えが続いている。僕は今回も自己判断のもと、その警報を無視する。人形達に比べて柔軟な思考を持ち、何より体力に限りのある僕は、避難行動を取る奴らを他所に、座したままディスプレイを睨み続けた。キーボードを叩き、プログラミングを続ける。
ウゥー、ウゥーウ。
 

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