《恋人はいた?》
「いたな。死んだけど。あんたは?」
《彼が恋人のような感じ》
言って、ウフコックがターンしたドレスを撫でた。
《なぜ《裁断者》になったの?》
すっと尖った雰囲気をニコは感じた。バロットはいつの間に用意したのか自分とニコのためのグラスジュースを傾けている。ググが不審がって、『マルドゥック・スクランブル』本編の描写を探り始めた。背表紙が外れた膨大なハードカバーを必死にたぐる。
「あたしが書かれた本が処分されたからね。それはあんたもだ」
《そう。私も同じ状況。それで、あなたが書かれた本のタイトルを教えてくれない?》
「『 』」
ニコは言ったはずだった。たしかに言ったのだ。唇も動いた。だが、ググの手は止まり、空白となって描写された。ニコが愕然とする。懸命に思い出そうと、ニコの目が宙を泳いだ。
「おい、ググ……」
バロットが悲しげに微笑んだ。
《ないでしょう。あなたたちの、物語》
「僕らの記憶を操作したのかい? どうやって?」
色めき立ち《素描者》の役割を忘れかけたググに、バロットは落ち着いてと身振りで示した。
「ググ、あたしたちの物語は、どんな話だったっけ?」
そう言ったきり、己の物語を探し当てたニコは止まった。掘り出された化石は、輪郭しかない空っぽだった。
《あなたたちの物語はこの場で消費し尽くされていたの。今あるのは《裁断者》と《素描者》という事実だけ。物語はない》
「どうしてそんなことがわかった?」
「手が!」
ニコの問いをググの細い悲鳴がかき消した。万年筆を握った手が、勝手に描写を開始している。
「ニコ! 僕の手を切り落とせ!」
《落ち着いて》
だが、それを押しとどめる一文をバロットが