「今のはチュートリアル。みんな最初、これで驚くんだからやってられないね。僕らの物語の一部を消費しただけだ。気にしなくていい。僕らの作者は何千枚僕らを書いたかもう誰も知らないんだ。――さて、次からが本番だ。早くしないと読者が怒り出すからね。彼らはせっかちなんだ。忍耐強い古き良き読者なんてものはもう存在しない。僕は中立の《素描者》となり、君らとニコの行動全般の描写を行う。質問は?」
《私たちはどうすればいいの?》
声を震わせバロットが訊ねる。ググが、おやという顔をした。バロットは怯えてなかった。むしろ決死の覚悟で闘おうとしていた。ググがそっと小さな手を見ると、文字が血のように手の甲に噴き出している。顕現キャラクターの行動域をバロットは食い破り始めていた。ニコも異変に気づき、これ見よがしに背中の剣を外す。
「あたしと闘って勝てばいいのさ。もしくはググを殺すか。どっちでもいいけどね」
剣呑な切っ先を突きつけられたバロットは怯まなかった。
「君たちの能力変動はこの『マルドゥック・スクランブル』だけ。僕らは僕らの物語だけ。場は君たちの物語が下地だ。言ってくれれば好きなページの好きなシーンに飛ばしてあげるよ。――さあ、幕をあげるよ。準備をして」
ググがばらけたハードカバーを開き、万年筆で猛烈な書き込みとページの攪拌を開始した。その姿は、《素描者》として薄く黒い幕に覆われ、いるのにいなくなった。
歩道が消え、地面がうねり、揺らぐ。
《ウフコック、ターン》
バロットの手に銃が握られた。全身がウフコックに、タイトに包まれた。
一歩踏み込んだニコがわざとバロットの肩口に剣先を突き入れた。シェルにそうされたように。ニコがにっと笑い、バロットもまた微笑んだ。甘やかな歴戦の戦士のそれだった。
《それじゃあ、死なない》
ウフコックが火を吐き、ニコの鋭角的なワンレングスを切り取っていく。
《八十一ページに飛んで》
《素描者》権限:ページスキップ
第一部 圧縮 第二章 混合気 p.81
カフェテリアでバロットが自分の過去を発掘する