大きな眼鏡をかけた愛らしい少年・ググがニコの隣に顕現していた。白衣の袖を折り、小脇にばらけた本を抱えている。一番上に乗っているのはハードカバーの黒い表紙で、タイトルは『マルドゥック・スクランブル』と読める。
《お前たちはなんだ? 俺たちはこれから車を借りなければならないんだ》
物語の進行上、とウフコックは続けた。
ニコがチューインガムを吐き捨てると、黙ってろと手振りで示す。
「君らには僕たちと闘ってもらう。そのための《裁断場》だ」
《どういうことなの?》
そのままの意味さとニコが続け、首を竦めた。ググはさらに《裁断場》のルール解説を続ける。
「二人とも、いいかい、これはエンターテイメントだ。君らの生き死にも僕らの生き死にも、これを
《生き死にってどういうこと? 私はボイルドに勝って、生き延びる》
「それはデジタルコンテンツなら、という注釈が現在ではつく」
《どういうことだ? 君たちに秘匿情報の開示を要求する》
《意味が分からない》
ウフコックが詰め寄り、バロットがモノローグでわめいた。
「つまりさ、あんたらもあたしらも捨てられたんだ。時代の流れで。あんたらは法廷で恥ずかしい過去話をすることもなければ、カジノに行ってシェルを倒すこともないし、宿敵のボイルドに打ち勝つこともない。紙媒体でのあんたらの役目は、ここであたしと闘って、読者様に最期のエンターテイメントを提供すること。分かった?」
「僕らは――正確には僕だけだが――描写する。そういう役目を人間から与えられている。裁断された物語のページを取り込んで、とあるページに平面的に存在するだけの君らと場を立体的に顕現させ、同時に僕ら自身も描き出す。お互いに生存を賭けて戦い、生き残った方が次の《素描者》と《裁断者》になる。これはそういうショウだ」
《生き残れなかったら、どうなるの?》
「構成するページを根こそぎ刈り取られて息も絶え絶えな紙媒体の本が絶命するだけだ。こんな風に」
ググの小さな手がニコの首筋に触れると、文字が這った。バロットのまばたき一回。音もなく首が横断歩道に落ちた。切断面から煙のように、もわんと文字が立ちのぼる。
《!》
死んだニコは歩道に倒れ、黒い文字カスになって、煙のように消えた。だが、ググが描写すると、ニコは同じ姿でそこにいる。