小説

『五連闘争』三日月理音
(inspired by小説『マルドゥック・スクランブル』)

 あなた だれ?
 バロットの唇が動く。だが、首のウフコックはぴくりともしない。また奪われたのかと身構え、総毛立った。
「おお、いい感じ。いい感じ。自分の物語をしっかり理解してるじゃん」
 おちょくったニコがあくびをひとつ。
それを合図として、バロットとウフコックは《裁断場》の権限で強制的に立て直した、、、、、。本来生きたはずの物語で経験する情報、つまり彼女たちの未来が《裁断場》の権限で付与された。うねる文字の、黒いハロウが発せられ、複数のルーン=バロットとウフコック=ペンティーノが歩道で棒立ちのバロットとウフコックに重なった。
 女はよしよしと頷き、プーッとチューインガムを膨らませた。
「改めて、お二人さん。ようこそ《裁断場》へ。あたしの名前はニコ。今回、《裁断者》に選ばれた誰かの物語のキャラクター。そんでもって相棒の《素描者》はググ」
 ニコは、ぴっと上を指さした。
 上は青い、のっぺりした壁のようだった。奥行きが感じられず、平面のまま横たわっている。だが、陽射しと思われるあたたかさを感じる。『マルドゥック・スクランブル』本編で陽射しの記述はあっても、空の描写がないから起きる《裁断場》固有の現象だった。
《昼らしい描写だから〝こんにちは〟って言おうか。お嬢さんとチョーカーのネズミ君。僕はググ。ニコと同じ物語のキャラクターだ。この名が与えられたのは不本意だけどね。ググれカスファック・ユーなんてひどすぎるだろう。――顕現した方がいい?》
 子どもが書いたようないびつな文字が青い壁から降ってきて、二人の前で揺れて雪のように溶けた。
 突然の出来事にお目付役のウフコックは「どうなってるんだ? お前たちはなにを言っているんだ?」と訊ねたかった。だが、声は出なかった。
 パチンとガムを弾けさせたニコが、頭を指さした。
「モノローグを使いな。ルーン=バロット、ウフコック=ペンティーノ。あんたらが『マルドゥック・スクランブル』本編、、で二重括弧で話す言葉だ。ダッシュじゃないよ」
《こういうことか?》
 ウフコックが訊ねる。
「さすがは万能道具存在ユニバーサル・アイテム。飲み込みが早いね。さて、この物語本編、、、、、、の話をしようか。あんたらはのっぴきならない状況にいる。――ググ」
 呼ばれたときにはその子どもはもういた。

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