《言ったでしょう。素敵なものに書き換えるって。あなたたちが本来、生きた物語はないだろうけれど、《裁断者》と《素描者》として生きた記憶ならある。私たちに会ったときに状況を説明できたのって、体験が記憶として蓄積されているってこと。つまり、ここで生きていたことも人生の一部ってことになる》
描写は止まらない。
「どうするんだい、そんなことして」
ニコが鬱陶しそうに言いつのるあいだにも、彼女の姿形は変わっていく。八頭身の姿から、二頭身のデフォルメキャラクターに。ググもさらに縮んだ。デフォルメって難しい……というバロットの独り言を聞きながら、小さくなったニコはぴょこんとその場で跳ねた。サングラスが頭の上に押し上げられ、大きな目がぱちくりと動いている。ググに至っては、デフォルメが過ぎて指人形のようだ。
「なにこれ! なんなのさ!」
《生き残れるわ、あなたたち》
少女らしい微笑みを浮かべたバロットは、上を、この世界の外を指さした。
《あなたたち、今、この物語の挿絵になってるはず》
ニコとググが、わっと叫んだ。だが、それは音ではなく、歓喜とも驚きとも言える妙ちくりんな叫びの効果音として表現された。
「誰かがファンアートにしてくれるかも」
その発言を強調文にしながら、バロットはウィンクした。
彼女はこの物語世界を裏からつついてひっくり返したのだ。
バロットの描写が進むたびに、ニコとググの挿絵はカジノルームを走り抜け、草原と青空の下に躍り出ていった。生き残るために。
すでに《素描者》の権利はググからウフコックに移動している。バロットは《素描者》と《裁断者》の権利を併せ持つ《使役者》としての存在を確立しつつあった。
「さて、読者の皆様」
万年筆からターンして元のネズミ姿に戻ったウフコックは、おほんと咳払いすると一言だけ言った。
「我々は生き残る」
この闘争ののち、今回の読者によって一枚の絵がネットワーク上に公開された。瞬く間に広がっていくその絵は著作権フリーのタグがつけられ、著作権の切れた物語、音楽が新たに付与され、まったく別の物語として生まれ変わった。
あるときは火星で、あるときはアルプスで、あるときは音楽キャラクターとして、ふたたびニコとググは生まれ落ちた。