「どうしたの」
「折り返したけど出ないし、近くにいたので来ちゃいました」
年下の男の子に泣き顔を見られるのは恥ずかしい。なるべく田村くんの方を見ないようにする。
「こんな天気でしょ?県道も峠も通行止めみたいで。機材の搬入ができないって業者から連絡があったの」
「マジすか」
「バンドメンバーも来れないって言うし…どうしようね」
しばし沈黙が流れる。ふと田村くんを伺う。くりっとした目の上の眉間を歪ませている。
「茜さん」
「はい」
「ちょっとドライブしましょう」
なぜかこの時は、スムーズにエンジンがかかった。
私のアルトは田村くんを助手席に乗せ走り始めた。ナビで示された場所に私は車を走らせ、その間田村くんはずっと、ユウナのマネージャーの高岡さんと電話で話していた。
「話、つきました」
田村くんが通話を切ったちょうどその時、ある家の前に辿り着いた。
「ここで待っててください」
車を降りて、田村くんは家の中に入っていく。10分ほど待っていると、同い年くらいの男の子と一緒に、田村くんは楽器と機材らしいものを担いで出て来た。
男の人は私にペコリと会釈したあと、ニヤりとした顔で田村くんを見た。田村くんは「うるせえな」みたいなことを口パクで言ってたけど、そこは気づかないふりをした。
車にそれらを詰め込んだあと、田村くんはまた別の後輩らしき人に電話をかけていた。私は、田村くんが指示する方へ、ただ車を走らせた。
「もう、あとは大丈夫ですよ」
いろんな場所に電話しながら車を走らせ、車の中にはアンプにギターにエフェクターなどが集まった。最後の電話相手とのやり取りを終えて、田村くんは息をついた。
「田村くん、顔広いんだね」
「町役場のお兄さんですからね」
「バンドも…詳しいの?」
「全然。でも何が必要かくらいは把握してますよ。マイクは宴会場ので大丈夫ですよね。これで揃ったかな」
「…ありがとう」
言い出しっぺのくせに、なんて無力なんだろうと思った。お礼を言うことぐらいしかできない。
「いやいや、僕のプロジェクトでもあるんで」
少し沈黙が流れる。そういえば今回のことで話すようになったけど、田村くんのことを私はほとんど知らない。
「これ…『フレーミング』のですか?」
ダッシュボードの上に置かれた歌詞カードを田村くんが手に取る。
「うん。かける?」
はい、と彼が言い私は再生ボタンを押した。イントロが流れ出す。
「どういうお友達なんですか」
「え?」
「ユウナさん」
校庭が、その時窓の外から見えた。
「ずっと私は」
「はい」
「ユウナのことが嫌いだったの」
いい香りのする金髪も、グロスで輝く唇も、絶対真似するものかと当時の私は思っていた。
「…へえ」
「不真面目で、嘘つきで、男にだらしなくて。…なのに才能があって」
どん底に立たされたユウナ。そんな彼女を救えるのは私なんだって思いたかった。それを友情と呼んでいいのかわからない。だけど、その感情は間違いなく今私を突き動かしている。
「茜さんは、ユウナさんのことが大好きなんですね」
「え…?」