ますます雨足は強くなり、田村君は役場に。ベッチンも家に帰って行った。
「通行止め…?」
その数時間後。業者の人から受付の電話に連絡が入った。PAの卓や、アンプや、バンド機材の搬入ができないという内容だった。雨が大雨になり、この町にアクセスできる道が、県道や峠のどれも土砂崩れの影響で通行止めになっているというのだ。
「電話、なんて?」
母が厨房から話しかけて来る。
「機材が届かないって…。田村君に連絡してみる」
受付の受話器を下ろし、私は自分のスマホから田村君のスマホに電話をかけた。繋がらない。まだ役場にいる時間のはず…
役場までは車で5分。玄関から飛び出そうとした時
「どこ行くの」
ユウナが後ろから声をかけて来た。
「…役場」
私はびっくりして体が固まったまま答えた。
「何しに」
「観光課の田村くんに会いに」
「なんで」
ユウナは、まっすぐ私を見つめて言う。
「来ないんでしょ。バンドのサポートメンバー」
「…」
サポートメンバーどころか、機材も届かない。これを、どう伝えるべきか。
「まだ…連絡きてないけど…」
「来ないよ。わかってる」
「え…?」
「元々、無理やり集めたメンバーだったし。天気のせいにして来ないとか、ありえないけどね」
事情は詳しくわからない。でも
「もしかして、初めてじゃないの…?こういうこと」
私が聞くと、ユウナは黙って少し笑った。続けて私は聞く。
「どういうこと?高岡さんはなんて…」
「高岡だけが、私を守ってくれるの。でも、もう無理かもね…」
悪意とか、憎悪とか、そのさらに奥にある感情。「孤独」。彼女の抱えるそれが、唇の先からこぼれ落ちるかのようだった。
「中止だよ」
ユウナは部屋に向かい、歩き始めた。高校生の頃より痩せたかもしれない。細い背中だ。薄暗い廊下の陰にユウナが吸い込まれて行く。
「中止にはしない」
反射的にその言葉は私の口から出た。
「田村君に相談して来る」
私は旅館を飛び出した。ユウナの返事も、反応も待たなかった。
駐車場で自分の車にエンジンをかける。高校卒業した年に中古で買ったスズキのアルト。エンジンがなかなかかからない。フロントガラスに打ち付ける雨音と、かからないエンジンの音が車内に響く。2回、3回、かからない。
「ああもう!」
ハンドルをひっぱたく。私にできることを、私はしたいだけだ。変わってしまった彼女に、あの頃と同じように笑って音楽をやってほしいだけだ。アクセスの悪い田舎であることを呪う。来れないメンバーを呪う。業者も、こんな田舎であることも。台風や大雨があるとすぐ通行止めになるこの町。でも、こんな田舎だから、やってほしかった。彼女が育った、こんな田舎だから。私と彼女が愛した故郷だから。
−コンコン
運転席のガラスを叩く音がする。涙に濡れた顔を上げると、田村くんが傘をさして立っていた。
助手席に促し、田村くんが車に入ってくる。