「茜さん…」
隣には観光課の田村くんがいる。二つ下の彼は緊張した面持ちだ。そしてその後ろに
「…」
いた。ユウナだ。
髪はあの頃と同じ金髪をツインテールにして、黒いキャップを被っている。ツインテールという年齢でもないだろうが、よく似合っている。
「ユウナ」
声をかける。だが、ユウナはこちらをちらりと見てすぐ目を逸らした。
「ユウナさん」
高岡さんがユウナに挨拶を促す。いつも笑顔の田村くんが微妙な顔をしているのは、ユウナのこの態度か。ユウナは小さくため息をつき
「…よろしくお願いします」
と言った。峠で車酔いでもしたのだろうか。元気はない。
「他の方はどうしたんですか?」
「バンドのサポートメンバーは別件があったんで僕らとは別のルートで向かってるんですが、少し遅れるみたいで」
「そうなんですか…」
事情があるのは仕方ないが、人数分の食事を用意していた身としては少し残念だ。
「お食事の用意できてますので、先にご案内しますね」
高岡さんとユウナ、観光課の田村くんを私は松の間に通した。私と田村くんで接待するような感じだったのだが、ユウナは終始目も合わせず、食事もほとんど手をつけないでスマホばかり見ていた。
高岡さんの話を田村くんが調子良くヨイショしながら聞いてるうちに、窓の外は少しずつ暗くなり、雨がパラつき始めた。
「やっぱり無茶な話だったのかな…」
靴を履いたまま、休憩部屋の上がり框に田村くんは腰掛けてそう言った。小雨が吹きこんできそうで私は休憩室の窓を閉めた。
結局まだサポートメンバーの、到着時間がまだわからないらしい。食事が終わった後、高岡さんがメンバーに確認の電話を入れたのだが、山向こうの天候が悪く足止めを食らっているらしい。
「課長に言われてたんですよね。こんな田舎町に芸能人なんか呼んだってうまくいきっこないって。来るのも大変だし、お客さんだって集まらないって」
ベッチンが淹れてくれたお茶を三人で飲む中、沈黙が流れる。
ちょっとした事ですぐ通行止めになる峠道、お年寄りが多い山間の小さな町。だけどそこをどうにかできないだろうかと私は田村くんに相談したのだ。企画を立てここまで話を進めてくれたのは彼だ。ステージは、うちの旅館『松乃家』の宴会場。お客さんは宿泊客。他にも、ここ一ヶ月町の人に宣伝をして回った。この町の観光課が『フレーミング』のユウナを招き、音楽祭をこの松乃家でやる。大きなイベントだ。
「あの宴会場でやるって言うのもなんだか不釣り合いな感じするしねえ。もしサポートメンバー来なかったらどうすんの?」
ベッチンがお茶をすする。「私は絶対弾かないからね」と笑ったベッチンの口からは欠けた歯が覗いた。メンバーが来なかったら…ユウナは一人だ。でもギターは誰かに借りられる。弾き語り、できるのだろうか。でも『フレーミング』はバンドサウンドが売りのバンドだ。