車で再生する。ギターのイントロが聞こえる。一瞬ゾクッとする感覚が走る。ユウナだ。あの西日の差し込む部室で、ユウナが弾いていたジッタリンジンが不意に蘇る。「ここだけうまくできない」と延々同じ場所を弾いていた。
何故このアルバムのタイトルは『fiery sunset』なんだろう。あの日、同じ夕日の中に私とユウナはいたのに。今はお互い離れている。
イントロがだんだん歪んで重くなる。朱色の夕日が血のような濃い色になっていくように。ユウナの歌声が聞こえる。消えそうな、泣きそうな声で、夜の校庭に一人で立っているユウナが見える。
「ユウナって最近何してるんだろうね」
そう言ったベッチンは私よりもユウナと付き合いが長い。ベッチンも、ユウナのことが気になってるんだろう。
「ファイト」
三山の旦那様が言っていた「ファイト」って言うのはこういうことだったんだろうか。
私は帰って、ユウナの所属している事務所を調べた。
「本当に来るんでしょうねえ」
厨房で秋刀魚の南蛮漬けを盛り付けながら、大女将の母が言う。
「田村君が農協まで迎えに行くって」
「農協まではどうやって来るのよ」
「新幹線で上田まで出て…そこからはバスじゃない?」
母が盛り付けた南蛮漬けに、糸人参や焼き白ねぎを私は添える。今日は朝から大騒ぎだ。うちの旅館だけじゃない。町全体が浮き足立ってる気がする。紅葉は赤々としているし空は青いし鳥たちはずっと歌うように鳴いている。そんなことないのかもしれないけど、少なくとも私には、そう見える。
「ちょっとあんた、お帳場。ベル鳴った」
私は軽く深呼吸して暖簾を潜りフロントに出る。
「チッス〜」
ベッチンだ。今日は十郎丸ではなく穂積ちゃんという下の女の子を連れている。
「どうしたの」
「人手足りないって聞いたから来たよ」
「ありがとう」
「おばちゃん!久々〜」
厨房にベッチンが入って来る。ベッチンは眠そうな穂積ちゃんをおんぶ紐で背負うと、持参したエプロンを身につける。
「おばちゃん、今日は何人来るの?」
「サポートメンバーが四人、マネージャー一人。あと観光課の田村くんも来るって言ってたから…全部で七人」
私の方が具体的に把握してるので答える。
「平日の昼間からありがたいわよねえ」
母が微笑み、盛り付け終わった南蛮漬けをトレーに乗せる。
「ベッチン、松の間。先に突き出し並べてきて」
−チン。
ベッチンがトレーを受け取ったタイミングでフロントのベルが鳴った。
「はあい」
いかにも若女将、という声が出た気がする。母にアイコンタクトを取り、私はフロントに向かった。
「どうもお世話になります」
東京というものをまさに背負った風貌。襟足を綺麗に刈り上げたツーブロックヘアにタイトなグレースーツの若い男性がまず目に入った。
「『フレーミング』のマネージャーをやらせて頂いてます。高岡隼人と申します」
「『松乃家』の女将です。今日は遠い所ようこそお越しくださいました」
「頂戴いたします」と、名刺を受け取る。