彼女の、そんな想いを断ち切るかのように横から声が聞こえた。
「焼きそば、買ってきたぞ」
いいとこだったのに、と彼女はもう少しで舌打ちしそうなところを、喉の奥でやっとやめて、笑顔で「ありがとう」と答える。彼の顔が花火で赤く染まる。
たぶん、今日の帰路は別々になるだろう。そんなことを考えながら、彼女はぼんやりと焼きそばに付いていた割り箸を割った。
3
人の流れが止まった。焼きそばを売る露店の前に、いまはもう、買い求める行列はなくなった。花火が上がり始めて10分くらい経つだろうか。上がり始める前までは1つ600円の焼きそばを求めて行列ができたが、ぴたっと止まり、通り過ぎる人すらまばらである。
焼きそばを売る中年男は、とりあえず売る量だけを作り、プロパンガスの火を小さくして保温にした。一つ一つをトレーに載せ、保温ケースに入れ込むと、一息ついた。いまは人通りがまばらでも、花火の時間が終わるにつれてまた売り上げが伸びるはずだ。
それにしても、暑い。太陽は落ちても気温が下がらず、いままで目の前にいた、人混み、人混み。歩いて行き交う人々が熱気を運んでくるようで、暑い。さらに極めつけは、調理の熱。これにとどめを刺され、露天の辺りは壁のないサウナの中にいるようだ。男は、額から流れる汗を、首に引っ掛けた黒いタオルで拭いた。ふぅと溜息を吐くと、目の前に若い男が立っていた。花火が始まって間もないというのに、珍しい客だと思う。
「いらっしゃい」
声を掛けると、若い男は右手でピースの形を作って「二つください」という。保温ケースから、プラスチックトレーに乗せた焼きそばを差し出すと、2つ。それと引き換えに1200円。
「ありがとうございました」
声とともに若い男を見送る、露天商。いまの男、花火を観に来たにしては冴えない顔をしていた。まるで、恋人とうまくいっていないような、暗い表情。2つ買っていくということは誰かと一緒に来ているのだろうが、それにしても、パッとしない。しかし、いや、と男は試行を切り替える。一日多く来る客の事情など考えていてもキリがないと、考えるのを止め、中年男は花火が上がる様子をぼんやり眺めていた。来週は、県内の違う街で夏祭りに出店予定だ。そういえば、いまの若い男、甥っ子に似てなくもなかったな、と思う。いや、まさか、他人の空似だろう。しかし、その甥っ子もいま花火を観ているだろうか。考えたら、それをきっかけに芋づる式に実家にいる両親は、と気になってきた。この稼ぎ時に休んで実家に帰るわけにはいかないが、少しだけでも顔を出してみようかな、と少し思った。こうやって思い出したもの、なにかの縁だろうし。
「よぉ、儲かりまっか」
わざとらしい方言で声を掛けてきたのは、同業者の男だ。ちょくちょく見かける顔だ。なんとなく、挨拶くらいはする仲だった。今日はあっちで唐揚げを売っている。