「乾杯しましょう」
俺は細い男性と乾杯をした。男性がボトルから口を離して、俺に話しかけてくる。
「私、お酒好きなんですよね」
「そうなんですか。どのような?」
「いつもこれです」
低アルコール飲料のボトルを得意げに俺に見せつけた。
「そうですか……」
確かにそれはお酒だけれど、『酒好き』を豪語するには弱すぎる。
彼はボトルの中身を空にすると、ボトルを横に握ってこちらを見た。
「ところでオカリナってご存知ですか?」
ボトルをオカリナに見立てて指を動かし始めた。
帰りてえ。
彼は気持ち良さそうに目を瞑って、オカリナを吹く真似をし続けている。
帰ることにした。
いくらビールを何杯も飲んだところで気持ちよくなれそうにない。
俺は誰にも気づかれないように会場を後にした。そもそも俺に気づくような人はいないのだろうけど。
まだ宵の口である。
あてもなくプラプラ歩いていると店先にビールケースが積まれた豚足屋を見つけた。外から店の様子が見える。決して、綺麗ではないけれど、カウンターは賑わっていて、人気の店のようだ。下町のホルモン屋の風情がある。
思えば、豚足を食べたことがない。
せっかくだから入ってみた。
「いらっしゃーいませ」
独特な言い回しに向かい入れられ、ちょうど空いたカウンター席に通された。そして、俺の尻が丸イスに着くか着かないかの瞬間、店員のおじさんがおしぼりを置きながら、『ビールですか?』と有無を言わせない感じで訊ねてきた。散々、ビールを飲んでしまったが、もはやビール以外はありませんという雰囲気なので『はい』と答えると『ご注文は?』とドンドンだった。
他のお客さんの様子を見ようと周りを確認すると厨房を挟んだ向かいに座っているお姉さんが、口を目一杯に開け、素手で掴んだ豚足にかじりついていた。女性が骨付き肉にかぶりつく姿というのは美しい。だから、俺も『豚足を』とすかさずに注文をした。
「おおきに」
そう言った5秒後に、おじさんは、瓶ビールとグラス、刻みネギが入った味噌ダレ、キャベツを俺の前に置き、さらに10秒後に、湯気をもうもうと立てた豚足を運んできた。
俺が店に入ってから1分くらいしか経っていない。驚愕の速度だった。しかし、急かされている気もせず、ラフな接客ながら不躾な印象も受けず、むしろ心地よいくらいだった。
ビールで口を濡らすと、さっとおしぼりで手を拭って、豚足を素手で掴んだ。熱々だ。指先がじんわりとする。その勢いで、タレをちょこんと付けて、豚足にかじりついた。一口で身と骨が外れ、トロトロの食感が口中に広がり、溶けていく。
美味い。
ビールでそいつを流し込んで、もう一口。
すでに口の周りは脂に塗れてテカテカしている。しかし、そんなことは関係がない。
豚足とビールを交互に放り込んで、あっという間に食べ尽くした。
俺の前には豚の足の骨が転がっている。この足はどこを踏んだのだろう。土だろうか? 草だろうか? 一つの命を頂き、豚の一部が俺の中で同化していく気がする。
俺は豚と繋がった。
「お兄ちゃん、ええ食べっぷりやな」