石のように固まって動かない足を必死に後ろへ引きずりながらおじさんを見つめるしかできずにいると、おもむろに千円札を2枚差し出してきた。
前にテレビで見たことがある。児童買春ってやつ。それにしても安く見られたものだ。
黙っているとじりじりと近づいてきたので、私は声を絞り出し、「くそじじぃ!」と叫び、振り返って走り出した。ついてきていないか確認しようと後ろを振り返ると砂場のへりにつまずき、思い切り転んだ。砂場の中にダイブした私は口の中まで砂まみれだった。
頭の中で流れる「ごめんなさい。今日の12位は…」と話すアナウンサーの声はより一層申し訳なさそうだった。
「安心しろ。とって食いやしないよ。」
顔を上げるとおじさんは眉をひそめながら私を見下ろしている。
「あんた、春田高校の生徒だろう。バス、乗り間違えただろ。あーあーあー。まぁ、まず顔洗ってこいよ」
おじさんは矢継ぎ早に話しだした。
公園の水道は冷たく、傷にしみた。ハンカチで水滴を拭うとほんのり血の跡がついた。
ハンカチに刺繍してあるスヌーピーが眉を下げながら微笑んでいたので、私はほんの少しだけ安心した。
口をゆすぐと、おじさんがベンチに座っているのが見えた。
私が座るのを待たずに
「学校には電話したのか。電話しないと心配するだろ。先生も」
「携帯の充電が切れそうで…」
するとおじさんはポケットから携帯をだし
「学校の番号は」と聞いた。
鞠子は慌ててスマホを取り出し番号を検索した。
おじさんは目を細めながら携帯の番号を押し、「あんたの名前は」と聞いた。
怪しんでいる暇もなくとっさに「浅野鞠子です」と答えたことを後悔していると
「もしもし。あ、浅野鞠子の父です。お世話になります。今日ちょっと体調が悪いようで。欠席します。私が休みなもんで連絡頼まれまして。えぇ、えぇ、はい。ありがとうございます。はい。はい、失礼します」
鞠子はおじさんが電話を片手にお辞儀をしている姿を見て、この人、悪い人じゃないかもなぁと他人事のように思った。
「前に、あんたが乗ってきた米沢経由のバスの運転手やってたんだ。今は違う路線だけど。
娘が春田高校に通っていたからよ?この制服は春田高校に間違いないって思ったんだ。たまーに間違える生徒がいるんだよなぁ。」
「はぁ…なんか、いきなりお金出すから…」
「それにしてもくそじじぃはねぇだろうよ!」
おじさんは笑うと皺という皺が号令をかけたようにクシャっと集合して、まるで別人のようだった。
「あと1時間後に。反対に行くバスがあるから」