おばあちゃんはそう言うと残っていたカフェモカを飲み干した。カップの底にはココアの粉が沈殿していて、甘い香りの余韻をまだまだ残している。おばあちゃんは飲み干したその勢いで続きを話し出した。
「それでね、とても楽しい思い出をつくることができたそのレストランのことをちゃんと覚えておきたくてね、レストランの名前を確認しておかなくちゃと思ったのよ」
「そうだね!大事なことだよ」
そう言うと、麦ちゃんも残っていたカフェモカを飲み干した。
「レストランの名前が書いてある場所を探そうと振り返って建物を見てみたよ。そしたら可愛らしいレンガ調の壁の一角に書いてあったわ、『ファミリーレストラン スワン』ってね」
「え!スワンって、あのファミレスの!?」
「うふふふ。そうなのよ!実は豪華なレストランでも何でもなくて、ただのファミレスだったのよ!でもね、ファミレスなんて今でこそ浸透しているけど、田舎だったし当時はその存在をまだ知らなくてね」
「なんだ!全然おしゃれなレストランでも何でもないじゃない。でもそれがおじいちゃんとおばあちゃんの素敵な思い出になっているんだね」
「そうね。おじいちゃんはどうか分からないけれどね。でもね、ファミリーレストランっていうのがデートで行くような特別なお店じゃないってわかっても全然嫌な気持ちはしなかったの。お店のことよりも、おじいちゃんが一生懸命なことが伝わって嬉しかったのね。その時、大事なのは〝どこにいるか〟じゃなくて〝誰といるか〟だなって初めて感じたの。そして『あぁ、私はこの人と一緒に居たいな』って自然と思えたのよ。麦ちゃんもいつかそういう人と出会えるといいね」
「うん、そうなるといいなぁ」
おばあちゃんが話し終えたところで、おこたの四角いテーブルの、残る一辺の席のふとんがもあんと大きく膨らんだ。そしてモゾモゾと動き、二本の腕がぐいーーっと伸びてきた。
「んーーーー!おやぁ、麦ちゃんの声がするぞ。来とったのかぁ!いやぁじいちゃん、ぐっすり寝てしまっていたよぅ。ふあぁぁぁぁ」
と背伸びをしながらのっそりとした気配がおこたから現れた。
目をシパシパさせている様子を見ると、まさか今までのお話の主人公が自分だとは思いもしていないようだ。何も知らず寝ぼけまなこな様子がおかしくて、おばあちゃんと麦ちゃんはクスクス笑い合った。
「おはよう、おじいちゃん。寝心地はよかった?」
「うん、よく寝たよ。おこたは暖かくて気持ちよくて幸せな気分になるねぇ。だけど、体は実際には冷えちゃってる気がするなぁ」
そう言いながらおじいちゃんは両腕を包むようにしてさすった。
「麦ちゃんは寒くないかぃ?そうじゃ!麦ちゃんがせっかく来とるから、いいものを用意しよう!ちょっと待ってなさいね」
おじいちゃんは、そう言うとそそくさとおこたから一人出て行った。麦ちゃんはおじいちゃんの言葉の意味を確認しようとおばあちゃんの顔を見た。だけれど、おばあちゃんは何も言わずに柔らかな笑みを湛えていた。
しばらくすると、音が聞こえてきた。
こぽこぽこぽこぽ……