「あ!この音!」
とろけだす甘いチョコ色の香りが麦ちゃんの鼻孔に届けられた。香りとともに、おじいちゃんがマグカップを三つお盆に乗せておこたに戻ってきた。
「麦ちゃん、おまたせ。これであったまりなさい。おじいちゃん特製の〝カフェモカ〟だよ」
そう言うとおじいちゃんはマグカップをそれぞれの前に慎重に置いた。
「やっぱりカフェモカだ!香りでわかったよ。実はさっきおばあちゃんがカフェモカをつくってくれて一緒に飲んでいたんだぁ。それにしてもおじいちゃん、よく作り方知ってたね!」
料理なんて全くしないおじいちゃんがこんな洒落た飲み物の作り方を知っているなんて麦ちゃんには意外だったのだ。
「おじいちゃんには昔に大切な思い出があってな。その時、この〝カフェモカ〟とか言うのを初めて口にしてすごくおいしいなぁって感じたんだよ。だから、カフェモカがその大切な思い出の象徴なんだ。その時にね、その味を忘れたくないなと思って、レストランの店員さんにちゃあんと作り方を聞いといたんだ。と言っても少し難しかったから簡単につくれる方法でだけどね」
麦ちゃんはマグカップにそっと口をつけた。コクリ。
「あれ、この味……。さっきのおばあちゃんのカフェモカと全くおんなじだ……どうしてなの」
「そりゃぁそうさ。おじいちゃんがおばあちゃんにその作り方を後で教えたんだからなぁ。どうだぃ、おいしいだろぅ」
おじいちゃんはそう得意気に言い、おばあちゃんの方をにこにこと見つめている。おばあちゃんはカフェモカを飲んで温まったのか、頬を赤らめていた。
「そういうことだったんだ!だからだね、おじいちゃんとおばあちゃんの思い出の味がするよ……」
麦ちゃんは、カフェモカが紡ぐ思い出と、今のおじいちゃんおばあちゃんの関係に思いを馳せた。おじいちゃんとおばあちゃんが互いを思いやっているということを心から感じたからだ。とても柔らかい表情をしている二人を見て、大好きなおじいちゃんとおばあちゃんのことがさらに好きになった。
人と人とがつながることは簡単に思えるけれど、形にするのは実はとても難しい。それはもろくて繊細で不確実なものだからだ。そこに起こる日常のささやかな出来事を大切に紡いで、相手との関係性を折り重ねていくことで少しずつ形になっていく。それを保てることは奇跡的で幸せなことなんだ。
麦ちゃんはそう思いながらマグカップに再び口をつけた。コクリコクリ。
少し大人になれた気がした。