おばあちゃんは指し示された方を見上げた。それは田舎には似合わない佇まいだった。木造の日本瓦の家しか見当たらないこの町に、そこだけ随分とアメリカンな風が吹いていた。立派な三角屋根には、泥棒が侵入したらどうするのだろう?と思うような大きな煙突がついていた。それはおばあちゃんが知っている無機質な銭湯の煙突とは全然違うものだった。
壁はレンガ調の可愛らしいデザインで、レストランの周りを囲むようにして花壇も作られていた。色とりどりの緑や花が植わっており、とても華やかだ。よく磨かれたガラス窓は天井まで張られ、開放的な雰囲気を醸し出す。そのガラス窓からはオレンジ色の灯りが外へと漏れていて、中へ入らずともレストランの温かさが伝わってきた。オレンジ色の灯りに包まれて楽しそうに食事をしているお客さんが窺える。それはとてもかっこよくてキラキラして見えた。今からあの人たちのように私もこのレストランに馴染むのかしらと思うと、おばあちゃんは興奮した。
「段差があるから気をつけて」
おじいちゃんは、持ち前の優しい性格から自然とそう一言声に出しただけだった。だけれど、おばあちゃんは、瀟洒な外観にすっかり気を取られていたところだったから、その一言がとても配慮の利いたエスコートのように思えた。おばあちゃんの心のスイッチはこれにて軽く押されてしまったわけだ。おばあちゃんの心の中で、おじいちゃんはダンディな男に一気に格を上げた。乙女時代の〝オンナゴコロ〟とはこんなものだ。
エスコートらしきことをされながら数段上がる。するとドアがあるわけだが、引き戸じゃないだけでも斬新なのに、それは金色の丸いノブのついた真っ白なドアで、今から特別な空間に入っていくことを想像させるには十分なものだった。ドアにはベルがついていて、ドアを開けたときにカランカランと音が鳴った。それはまるで「ようこそ」とお客さんを歓迎してくれているかのようだった。
「もっとおしゃれな恰好をしてこないといけなかったんじゃないかな」
そんな心配を少しもちながらも勇気を出して中へと入って行った。オレンジ色の温かな灯りと、芳しすぎて目にも見えてしまいそうな料理の香りが店内を包み込んでいた。客層を確認しようと見渡すと、恋人だったり家族だったりご年配のご夫婦だったり様々なようだ。そんな店内に目が虜になっていると、身なりをモノトーンで決めたシャンとした男性がサッと現れた。
「いらっしゃいませ」
男性は口角をピッと上げてそう言い、スマートにお辞儀をした。二人も慌ててお辞儀をした。
「あ、これがウエイターとかいうのだ」
初めて見るウエイターに、おばあちゃんは有名人にでも会ったかのような気分になった。
「こちらにどうぞ」
大きなメニューらしきものをいくつか手に持ち、颯爽と二人を席へと案内してくれた。通された席には大きくて真っ白な四角のテーブルがあり、それを挟んで向かい合わせにソファが置かれていた。そのソファはふかふかしてそうで、背もたれも随分高くて立派だ。二人で過ごすには十分なスペースが確保された席だった。