「そうかもねぇ。でも私も若かったからつい勢いで言っちゃったのよ」
「あらら。そしたらおじいちゃんは何て?」
「あのおじいちゃんがさすがに気分を害したのか、何だか変な空気が漂ったのよ。おじいちゃんは、私が喜ぶと信じていつもデートに誘ってくれていたのにまさかそんな風に思われていたなんて、予想もしてなくてショックだったのかもね。おじいちゃんは何も言い返さなかったけれど、その日はもうそれからそのぎこちなさが元に戻らなくてねぇ。」
「おじいちゃんって〝いい人〟っていう感じなんだよね。とっても素敵な人なんだけれど〝オンナゴコロ〟がわかっていないんだよね」
麦ちゃんは〝オンナゴコロ〟というのがどんなものかわかってはいなかったけれど、この大人な恋話にちゃんとついていけていることを証明したくて、ギュンと背伸びをした。
おばあちゃんはカフェモカの湯気を鼻からスゥーーと目一杯食べた。香りに満足したところでマグカップの縁に口をつけてコクリコクリと飲んで一息ついた。
「その日以降、すっかりおじいちゃんから連絡がなくなってね。私は振られちゃったのかなぁって思っていたのよ」
「それを確かめることができないっていうところも〝オンナゴコロ〟ね!」
得意そうな顔をして麦ちゃんが言う。おばあちゃんは「うんうん」と頷くが早いか続きを話し出した。
「だけどね、それからどれだけ日にちが経ったころかなぁ。忘れたころにおじいちゃんが連絡してきたのよ」
「嘘でしょ!?」
麦ちゃんは意外さに目を見開き過ぎて、瞳がこぼれ落ちそうになった。
「おじいちゃんはこう言ったの。『実はすてきなお店を見つけたのです。センスがあって、ご縁があると思うのです』って。恥ずかしいくせに妙に自信がある振りをしていて、ちょっぴり言葉が不器用でおかしかったわ」
「おじいちゃんやるね!ショック受けながらも挽回できるお店をこっそりと探していたんだね。でもよくこの田舎にすてきなお店があったもんだね」
「すてきなお店が近くにあれば、私も知っているはずよね。おじいちゃんが言うお店はどうやら実は隣町に最近できたものらしかったの。隣町と言ってもやっぱり田舎だから、そんな洒落ているらしきお店ができたなんてびっくりしたよ。それでね、久しぶりに連絡が来たことも嬉しかったし、『では、連れて行ってください』って答えたんだよ」
おばあちゃんはそう言うと頬を赤らめ、麦ちゃんがいることも忘れたようにして柔らかい表情でそらを見た。
それは、今から三十年以上前になるだろうか。久しぶりのデート当日。手袋が必要な程ひゅうひゅうと寒いのに、お互いに緊張して手はじんめりしていた。
「このレストランですよ」