「そう。でね、一緒にいる男の人が素敵だなとか好きだなって思ったら、そのスイッチが勝手に押されて心がドキドキドキって動きはじめるのよ。そしてじゅわぁって温かくなってくるの」
「え!おばあちゃん、それ本当!?」
慌てて麦ちゃんは自分の胸元をさすった。ここにそんなものが隠れているなんて信じられないと、大きな目をパチクリさせた。そしておもむろにマグカップに手を伸ばした。びっくりしすぎて喉がカラカラだ。おばあちゃんのお話は自分の知らないことが詰まっていていつもワクワクする。カフェモカをコクリコクリと飲んで乾いた喉を潤し、落ち着いたところでおばあちゃんに聞いた。
「それで、おばあちゃんはおじいちゃんとのデートの時にそのスイッチの音は鳴った?」
「それがね……鳴らなかったのよ」
そう言うおばあちゃんは悲しそうな表情をしているだろうと思い、麦ちゃんはおばあちゃんの顔を確認するのをちょっぴり躊躇った。だからこっそりとおばあちゃんの方を見てみることにした。すると予想に反し、その表情はとても柔らかいものだった。何というか愛しいものを見つめるような、懐かしいものを発見した時のようなそんな表情をしていた。
おばあちゃんは麦ちゃんをいつだって可愛がっているけれど、そんな愛しい麦ちゃんに向けられるどの表情とも違っていた。それは今まで麦ちゃんが見たことのないおばあちゃんの表情だったのだ。
これからのお話の続きを聞くとおばあちゃんのこの表情の理由がわかる気がして、麦ちゃんの胸は高鳴った。
「いつもいつも屋台なものだから、おばあちゃんも呆れちゃってね。この人とお付き合い続けるのもどうかなと次第に思ってしまっていたのよ。でもおじいちゃんはにこにこといつもすごく楽しそうでね。きっと私と一緒にいられるだけで満足だったんだろうね」
「ふふふ、おじいちゃんが微笑んでいるのが想像できるよ」
「おじいちゃんは自分の心に素直で、ささやかなことでもちゃんと幸せと感じられるのよね。そういうところが素敵だなって思ってね。同時に、お店なんかにこだわっている自分がちょっぴり恥ずかしくなったよ」
「〝誰といるか〟を大事に思うか、〝どこにいるか〟を大事に思うかっていう違いなのかな……」
「だからね、おばあちゃんもまずは素直にならないとなって。だから、素直に思っていることを伝えてみようと思ったの」
「え!何を伝えようと思ったの?」
麦ちゃんは興味津々な様子で身を乗り出した。その勢いでうっかり倒してしまわないようにと、おばあちゃんは麦ちゃんのマグカップを手前に引いた。ここでマグカップを倒してお掃除が始まってしまってお話が中断するなんていう事態は回避しておきたいのだ。
「それはもちろん、〝屋台デートばっかりではセンスがなさすぎて、私たちはご縁がないと思っちゃいますよ〟っていうことをよ」
麦ちゃんは子どもながらにも、いくらなんでも〝素直〟の振れ幅が振り切れすぎてはいまいか、と思った。
「おばあちゃん、それはちょっとストレートに言い過ぎてないかな」