「はいはい、待ってね。おこたに行ってからね」
そんなことを考えながら、孫と一緒におこたに入った。おこたの四角いテーブルの一辺にお盆を置き、その隣におばあちゃん、その隣に孫の麦ちゃんが座る。そしてもちろんおばあちゃんと麦ちゃんの前にはカフェモカが入ったマグカップがしっかり陣取る。
「これで準備万端だね!」
まだまだ十歳と思いきや、女の子はおませさんなもので、もう恋話(こいばな)にウキウキしているお年頃な様子だ。
「じゃあ、お話の続きをしようかね。おばあちゃんとおじいちゃんがお付き合いを始めたあたりからだね」
麦ちゃんはさっそくカフェモカを飲もうとマグカップを手に取った。だけどお話に気を取られ、飲むのを忘れたままおばあちゃんの方に体を向き直した。
「麦ちゃんも知ってると思うけど、おじいちゃんは照れ屋さんでね。せっかくお付き合いが始まったのにデートって言う名前がつくだけで随分恥ずかしがるのよ。だから、もうね、デートらしい場所には全然行きたがらなかったの」
「おじいちゃんらしいね」
「ねぇ、麦ちゃん、おじいちゃんが連れて行ってくれるデート先はいつもどこだったと思う?」
麦ちゃんは眉毛をハの時にしてそらを見つめた。
「うーん、どこだろう?わかんないよぅ」
おませさんな女の子だけど、さすがにデート経験値はまだ〇なのでデート先候補は出てこないようだ。おばあちゃんが続きを話し出すと、麦ちゃんは考えるのをすぐに止めておばあちゃんの話に再び耳を傾けた。
「それがね、屋台なのよ。おじいちゃんの行きつけのね。屋台ってわかるかなぁ。移動式の食べ物屋さんなんだけどね、出てくるものはラーメンとか焼き鳥とかおでんとかね。おしゃれな感じは全くない庶民的なものばかり。お客さんも仕事帰りのサラリーマンとかでねぇ、店構えも壁がない吹きっさらしなの。だから夏は暑くて冬はとっても寒いのよ。おじいちゃんはにこにこして楽しそうだったけど私はねぇ……」
おばあちゃんは言葉を濁した。
「うふふ。屋台わかるよ。麦ちゃんもおじいちゃんに連れて行ってもらったことあったよ。その時もおじいちゃんはにこにこしてたなぁ。麦ちゃんはラーメンも焼き鳥もおでんも大好きだよ。だから嬉しいけどなぁ」
「おいしいもんね。おばあちゃんも大好きだよ。でもね、屋台はね、まだまだ初々しい関係のデートには向かない場所なんだよ」
「そうなんだぁ。麦ちゃんそんなこと知らないやぁ」
「麦ちゃんももうちょっとお姉さんになると分かると思うけど、女の子はね、胸の奥にスイッチを持っているのよ」
おばあちゃんはそう言うと麦ちゃんの胸元に右手の人差し指をそっと添えた。
「スイッチ?」