顔を覆って泣く由美が、何度も頷いた。
(コロを飼ってあげてくれないかな)
きっと真一さんはそう思っている。
由美は何度も頷き、わかった、と小さく呟いた。
そして、コロは雅樹の家で飼犬となり、雅樹と蒼太のこの上なく愛しい弟になった。
☆☆☆
「あっ、伯母さん、来てたの?」
仕事から帰ってきた雅樹が、ダイニングテーブルに1人座る智子に挨拶した。由美は買い出しに出ていた。
「うん、お邪魔してる。ほら、これ見て」
智子は一枚の写真を掲げた。今日はこの写真を見せたくて由美の家を訪ねたのだ。
なになに? とその写真を覗き込むと、「おー、蒼太、復活だー」と、雅樹は笑顔になった。
写真には、蒼太が両手を掲げ、ゴールテープを切る姿が写っていた。
(僕は元気だよ)
そんな声が聞こえてきそうだった。
「まだ大きな大会じゃないみたいだけどね」
智子から写真を受け取ると、席に座り、雅樹は改めて写真をマジマジと眺めた。
「背景の空が島の海みたいに青いね。なんだか、蒼太、青空を泳いでいるみたいだ」
「沖縄の大会みたいよ」
雅樹にしては上手いこと言うなと、智子は思った。でも、その通りだと思う。きっと、あの子は、真一さんと違い、海の青を泳ぐのではなく、空の青を泳ぐんだ――。
「伯母さん、俺、謝りたいことがあるんだ……」
笑顔だった雅樹の顔が曇った。
「なに? うちの畑のトマト、つまみ食いした?」
「いや……」
いつもとは違う雅樹の表情に、智子も真面目な面持ちになった。
「母さんと伯母さんには言ってなかったけど……」と、雅樹は蒼太が小学一年の時に起きた出来事を話し始めた。
『俺、聞いちゃったんだ。伯父さんが死んだのは、俺とコロを伯父さんが探しに行ったときに波に飲まれたって……。漁師の人がそう喋っていたんだ。母さんと伯母さんが俺に本当のことを言わなかった理由は直ぐに分かったよ。だって、それを聞いた時、胸が苦しくてどうすれば良いかわからなかったから。母さんと伯母さんは、俺がそうなるってわかっていたんだ、だから黙っていたんだと思った。だから、俺が真実を知っていることも母さんと伯母さんに内緒にしようって決めたんだ』
雅樹は、智子たちの嘘を知っていた……。
智子の胸が詰まる。
そして、雅樹は、この前、蒼太が島に戻ってきたときの出来事を続けた。
『ずっと蒼太にも言わなかった。でも、この前帰ってきたとき、蒼太が言ったんだ。海亀がそー、うー、たーって話しかけてきたって。たぶん、父さんじゃないかって。伯父さんが海亀になって戻ってくるわけない。でも、蒼太はそう思うって言うんだ。その時、蒼太だけ真実を知らないから、そんなこと思うんじゃないかって思ったんだ。だから、俺、言ったんだ。伯父さんを死なせたのは、俺かもしれないって。コロの事も全部話した……』