そして、その予感は当たり、結局、真一は帰って来なかった。
遺体のない形だけの葬式を、事件のあった日の1年後にあげた。
海岸に打ち上がった真一の靴と、1年も音信がなければ、どう考えても海に飲まれたとしか考えられなかった。だが、遺体も上がらないのに真一が死んでしまったと、智子には到底思えなかった。葬式をあげたって真一が死んだとは納得出来ない。ただ区切りをつけなければと思っただけだった。そうしなければ、前に進めない。そんな気がした。
真一の葬式には多くの人が来てくれた。近所の人、漁師仲間。真一が皆に慕われていることが嬉しかった。たくさん来た弔問客に遊んでもらったせいか、葬式が終わると蒼太は疲れて眠ってしまった。父の葬式の本当の意味を知らない蒼太には、むしろ楽しい日だったのかもしれない。
皆が帰った後、部屋に飾られた遺影を眺めた。遺影が少しづつ歪んでいく。家族の糸が切れてしまった、と思う。3人ならどんな荒波でも乗り越えられると思っていたのに……。
「ごめんね……」
後ろから、由美の声がした。家にはすでに、最後まで葬式を手伝ってくれた由美しか居なかった。
目元を拭い、振り向くと、なんとか口元に微笑みを携え、智子は、ううん、と首を振った。
「もう謝らないって約束したでしょ。お姉ちゃんはすぐ約束を破るんだから」
「でも、お葬式とかすると、やっぱり申し訳なくって……」
「申し訳なくないよ。雅樹も誰も悪くない」
智子の言葉に、「うん、ごめん……」と、由美が涙を拭った。
あの日、海岸の倉庫で隠して飼っていた子犬のコロが心配で、雅樹はコロを見に行った。その後、嵐が激しくなって帰れなくなってしまい、そのままコロと倉庫で一夜を明かしたのだ。
雅樹はコロを飼いたいと由美にねだっていたが、由美は許さず、仕方なく隠して飼っていた。ちょくちょく海岸を訪れる雅樹を見て、真一は雅樹がコロを飼っているのを見つけた。
(おかあさんに言わないで)
(言うわけないさ。2人の秘密だ。可愛がってあげろよ)
そう言って、雅樹の頭を真一は撫でたらしい。
(俺に心当たりがある)
嵐の中へ出て行った真一の心当たりとはこれだとわかった。状況から、倉庫に向かう途中で波に飲まれたのだろう。
事件のあった翌日、由美が智子の家に来て、泣きながら謝った。
(雅樹のせいでごめん……。あたしが犬を飼っちゃいけないって言ったから、こんなことに……)
(誰も悪くない。真一さんが雅樹を探しに行ったことは、雅樹にも誰にも言っちゃダメだよ。それを知ったら雅樹の傷になっちゃう。真一さんは船を見に行ったことにして。この件で雅樹が傷ついたら、真一さんが一番悲しむ)
(……)
(だから、もう私に謝ったらダメだよ)