マサ兄はそう言うと、「よしココロ、走るぞ」と、急に走り出した。マサ兄の掛け声に、ココロが蒼太の持つ手綱をグイグイ引っ張り始める。走りたくてたまらないというココロの気持ちが手綱を通して伝わってきた。よしっと、気合いを入れると、蒼太もココロと一緒に、先を走るマサ兄を追いかけ始めた。ココロが跳ねるように蒼太に並走する。直ぐにマサ兄を追い抜くと、そのままココロと走り続けた。
風が青い――。
全身が沸き立つのを感じた。
(おーい、待ってくれよー)
マサ兄の声が遠くから聞こえる。その声には応えず、蒼太とココロはいつまでも走り続けた。
「相変わらず、とんでもなく速いな」
息を切らしたマサ兄が、立ち止まり青空を見上げる蒼太に追いついた。
「青空に吸い込まれそうだった」
蒼太の言葉に、マサ兄も青空を見上げた。
そうだな、とマサ兄が笑う。
「海も青けりゃ、空も青い。俺たちは青い世界を泳いだり、走ったりしてんだな」
うんと頷くと、蒼太はさっき海で体験した出来事を切り出した。
「あのさ、ちょっと変な話なんだけど……、海亀が喋ったんだ」
マサ兄が真面目な顔になった。
「そー、うー、たーっていうんだ。僕を見て」
マサ兄はしばらく沈黙した後、そうか、と言った。
「おかしいと思う?」
「いや」
「父さんじゃないかな?」
「……」
父が海亀になって帰ってきた。そんなことあるわけない。でも、声が聞こえたのも間違いない。幻聴? そんなことを思ったとき、マサ兄が伏し目がちに言った。
「俺、蒼太に隠していることがあるんだ」
マサ兄は20年前に起きた事件について話し始めた。
☆☆☆
蒼太が本土に帰って、2週間が経った。
ゴトゴト、ゴトゴト。
窓ガラスが騒がしく音を立て始める。嵐がいよいよ島にせまっていることを智子は感じた。徐々に騒がしくなる外の音を聞きながら、智子は眠れないままだった。時計を見ると、もう深夜の2時だ。
嵐の日には、今だって、あの日のことを思い出す。もう20年前のことなのに、頭の中に刺青をしたように、智子にとって消えない記憶になっていた。