浩貞くんは少し目を泳がせてから「やっかまれそうな気がしまして」と言った。「僕は大学を出てすぐに、妻と一緒に個人経営をはじめました。それでたまたま成功して、今では近隣に四件の姉妹店を出せていますが、まあ、上手くいきすぎですよ。僕自身も驚いていますが、普通はこうはいきません。大学以前の友人たちも、はじめは応援してくれていましたが、次第になにも言ってこないようになりまして。今では、ほとんど連絡も取らなくなってしまいました。妻のほうも似たり寄ったりのようで、やはり人というのは、自分たちと違う状況というのはつまらなく思うものみたいですね」
私は黙って、目の前の若い経営者の姿を見ていた。半袖のポロシャツの外に出た腕は、よく日焼けしてがっしりとしている。相手の目を見て話す実直そうな表情に、清潔感のある短い髪。朝から夫婦でサーフィンをできる境遇を考えても、社会的な成功を収めていてもおかしくはないような条件が揃っているように思われた。
しかしそれでも、私にはわからなかった。ここにいる、私などに対してもまったく偉ぶるところもなく、それどころかくだけた親密な態度で接してくるこの男が、そんなに上流の人間だとはとても思えない。むしろ、私たち平均的な年収の人々と彼とは、いったい何が違うのだろうか……?
「いや、つまらない話をしてしまいました。すみません」と言い、浩貞くんは苦笑いをしながら頭を下げた。「しかしとにかく、僕たちは嬉しいんですよ。こうしてあなたのような、プライベートな間柄である人をこの家に招待できたことが。早いうちに経営に手を出したせいで、僕も妻もずっと働き詰めで、ようやく時間をつくれるようになってきたのに、こうして二人で海に行くくらいしかやることがなかったですから。まあ、この生活もこれで、二人とも夢中になれるくらいに充実しているんですけどね」
満足そうに微笑む浩貞くんの顔を見て、私もつまらないことを気にするのはやめようと思った。せっかく彼らが、私を連れてこれてよかったと言ってくれているのだから、その気分を客である私が壊してしまうこともあるまい。
しかし一点だけ、私にとってどうしても聞かずにいられない事柄があった。
「きみはまだ若い。せっかく事業がうまくいっているようだし、暮らしについてそんなに気に病むこともないですよ」と私は言った。「けれど、きみが良かったとしても、奥さんはどうでしょう? 家庭のことや友人関係といった事柄は、男である我々よりも、女性のほうが気にかけるものではないですか?」
そう尋ねると、はじめて浩貞くんは顔をくもらせた。眉に皺をよせ、視線を外にそらし、考え深そうに手をあごに当てている。
「僕も、そこは気になっているんです。沙弥に直接聞いたこともありますが、本人はぜんぜん平気だと言っていました。けれど実際のところがどうかはわかりません。ただ……うーん」
浩貞くんは口を閉じてうなり、腕を組んで空をあおいだ。そうしてひとしきり考え込んでから、また私に向き直って話をつづけた。