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『つながりの海』飯島望

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 私がこの海辺の街に来た理由はサーフィンをするためだったが、それは表向きの理由でしかなかった。
 私が家を出るとき、妻は何も言ってはこなかった。午前九時のキッチンテーブルに腰かけ、一人分の熱いコーヒーを両手で持ちながら、ただ顔をしかめていた。目では私を見ていなかったが、私の存在を全神経を通して感じ取っているのは明らかだった。いいから早く行きなさいよ、と彼女は無言のまま訴え続けていた。わたしはここにいるけれど、あなたはどこへでも行ってしまえばいいんだ。
 いつからこうなってしまったのか、正確なところはわからない。気がつけば、妻は私から精神的に距離をおくようになっていた。たぶん、私は感じようと思えば、その兆候を感じ取ることができていたはずだ。たとえば、朝食に同じメニューが何日も続くようになったこと(パン、牛乳、置いてあるだけのバターやジャム)。私が出先から帰っても、リビングのソファから顔も上げなくなっていたこと。同じベッドに横になっているのに、私の誘いを鬱陶しがるようになっていたこと。すべて私は、男女が共に暮らすとはそういうことだ、と思い込んでいた。仕事と同じだ。ルーチンワークの簡略化と、惰性というものが区別できなくなっていく。
 なるべく家にいるようにしようという努力が無駄にしかならないことがわかると、私は外に居場所を求めるようになっていった。休みの日もWi-Fiの繋がっているカフェに入って仕事をした(おかげで在宅ワークの許可が取れるようになった)。特にやることがなければ映画を見たり、YouTubeを見るようになった。世間の話題やポップミュージックに詳しくなったように思えて、私はこのことを妻に話そうと試みた。妻は私の目を見ずに、そう、とか、ふうん、などとつぶやくばかりだった。
 少しのあいだ、離れて暮らすのもいいかもな、とある友人が言っていたのをきっかけに、私は電車に乗って海を目指した。前々から、長い休暇がとれたら海に行って一日中サーフィンをしようと夢に見ていた。どうせひとりで暮らすのなら、今そうしてみてもいいのかもしれないと思ったのだ。軽い気持ちではあったものの、海辺近くに家具付きのアパートを見つけたことと、夏は泳ぎにくることだけを目的として賃貸契約をする人も多いんです、という不動産業者の話を聞いて、私の心は決まった。契約をする瞬間は、久しぶりにわくわくした気持ちになれた。
 妻は賛成も反対もしなかった。ただ気味のわるそうな顔をして、意味がわからないと言っただけだった。しかしとにかく、私は二ヶ月間という期限を自らに設けて家を出た。車で海に向かう途中、私は強い開放感を感じている自分に気がついた。また同時に、家にいるあいだ感じていた気まずさが、どちらかといえば怒りや憤りに近い感情だったのだ、という事実にも気がついた。

 私は結婚をした十年前よりさらに前の、若さに満ち溢れた二十代前半の生活を取り戻そうとしていた。

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