今にも走り出しそうなサトシのシャツをしっかり捕まえてからおじいちゃんは立ち上がると、
「さーて、そろそろ時間かな。おーい! ちょっとそこの人。お願いしたいことがあるんだが」
と男の人に大きく手を振った。
「はいはいなんでしょう」
「悪いんだが、この2人の見学者を元の場所まで戻してくれないかね?」
「かしこまりました」
男の人は大きく頷くと、すっとわたし達とおじいちゃんの間に入り込んで通せん坊をするように両手を大きく広げた。その瞬間、真っ白に広がる草原がふっと浮き上がるように遠のいた。おじいちゃんは光の中に残っているのにわたしとサトシだけ切り離されたぼんやり暗い隙間に残されている。
「おじいちゃん!」
大きな声で叫んだ。思いっきり手を伸ばした。でも、おじいちゃんは柔らかく笑って見せるだけでこっちに来ようとはしない。のんきに構えていたサトシもわたしの様子に気づいたのか「じいちゃん、どこ行くんだよ」とうわずった声で呟いた。
「お願い、おじいちゃんの所に行かせてください!」
男の人に頼んでみたけれど、「ごめんな。それはできないんだ」と優しい静かな声で、でもはっきりと断られた。
草原の月明かりの道を満足げな顔でたくさんのおじいさんやおばあさんが歩いていく。あんなにたくさんあったスクリーンがいつの間にか消え、白い道はどんどんと大きくなっていく。おじいちゃんがゆっくりとうなずき、「じゃあな」と手を振って歩き出そうとする。
「やだよぉ」
自分の声が泣いていた。知らないうちに泣いていた。瞬きしたらはらはらと涙がこぼれてびっくりした。
「ナツ?」
サトシの心配そうな声が聞こえたけれど、涙でもうおじいちゃんもサトシの姿もよく見えなかった。どうしようどうしよう。何にもできない自分が悔しくて涙が止まらない。サトシがわたしとおじいちゃんを交互に振り向きながら困っている。わかっているけど何の説明もできない。何でこんなに辛いのかどうやって話したらいいのかわからないし、そもそも言葉にできるようなものじゃないんだって何となく感じていた。
「じいちゃん!!」
あたりの気配を全部吹き飛ばすようなサトシの声が響いた。迷いがなくてスッキリした声に思わず顔をあげると、おじいちゃんもちょっと驚いたふうに足をとめてこっちを振り向いていた。サトシはぐいっとわたしの手をつかむと、さらに大きな声で叫んだ。
「俺の100円返せー!!」
おじいちゃんが「あ、」と言うように口を開けて動きを止める。その横をブワり、と大きな風が吹き抜けて草原を横切っていった。風にそよぐ髪をかきあげながら、わたしとサトシを通せん坊していた男の人がニヤリと笑った。
「あぁ、なるほど。確かに入場料を払っていないのなら……」