おじいちゃんのところに向かう私を見送りに来てくれたサトシがつぶやいた。
「じいちゃん、俺に100円返してくれるかなぁ」
その言葉で、ずっと夢かもしれないと思っていたあの夜のことを思い出した。
満月の夜にやってきた月光映画館のことを。
あれは一緒に暮らしていたおじいちゃんが熱海の療養施設に移るという前日。私は何度目かわからないくらい繰り返した問いを飽きずに両親にぶつけていた。
「ねぇ、なんで? なんでおじいちゃんだけ遠くに住むの?」
多分、私があとほんの少しだけ大人になっていたらあんなに真っ直ぐ問いかけることができなかった。困らせるつもりはなくてただ純粋に知りたいだけだったのだけれど、おとなにはそれが一番やっかいなのだ。わざとらしく食事の支度やテレビに夢中になるふりをする両親を見かねてか、おじいちゃんはいつも通りの笑顔を浮かべて私に囁いた。
「年寄りだけの特権だ。お前がもーっと大きくなっておじいちゃんみたいにヨボヨボになったら呼んでやってもいいよ」
「ずるーい」
「あと60年待て」
「エェー、そんなに待ったら年とっちゃうよぉ」
「だから年寄りの特権だ。羨ましいだろぉ」
そんな風にその夜はずっとおじいちゃんと喋って遅くまで起きていた。いつもと違って誰も早く寝なさいとは言わず、特別な夜の気配がふわふわしていた。そのふわふわした気配がぐんと濃くなったのを感じたのは自分の部屋で眠っていたとき。誰にも起こされないのにぱちりと目が覚めた。「あさ?」と思うくらい部屋の中はなんだかとても明るかった。わずかに開いたままのカーテンから月の光が差し込んでいたから。そして、金の雫に染まる庭をこっそりと横切っていくおじいちゃんが見えた。
するい! そう思った時はぴゅっと体が動いて部屋を飛び出していた。いつもは怖いものしか見えない夜なのに、この日はちっとも怖くなかった。月が世界を真っ白に照らしていて、悪いものの隠れる場所なんてどこにもないと思えたし、何よりも道の先におじいちゃんがいたから。
「おじいちゃーん!」
大きな声を出して手を振ったらおじいちゃんがふりかえった。
「……見つかったか」