「一人でずるい。どこ行くの?」
「……ナツにはまだ早いんだがなぁ」
「一緒に行く」
うむむぅ、と頭をかきながらおじいちゃんはちょっと悩んでいたけれど、仕方ないなと苦笑しながら私の手を取った。
「今日はな、月光映画館が来る日なんだ」
「月光映画館?」
聞いたことのない映画館だった。映画はいつも二駅先のシネコンに行く。しかも「来る」というのはどういうことなんだろう。映画館はどーんとビルの中にあって、こっちから遊びに行くものなのに。私の頭の中に浮かんだ「?」が見えたようにおじいちゃんはにんまりと笑うと「行けばわかる」と歌うように言った。
月光映画館までの道はとても簡単。2つ目の角を右に曲がって月がてっぺんにのぼるまでずーっと真っ直ぐ。
「間違えるとネバーランドに行ってしまうから気をつけるんだぞ」
おじいちゃんはそう心配そうに言っていたけれど、残念ながらその時の私はまだピーターパンを読んでいなかった。ただ、夜のお出かけに心躍っていた。いつも知っている通りや家並みが全然違った顔をしていた。さらさらと揺れる木陰も足元に伸びる影も昼間とは音も色も全然違っていて、もう一本向こうの道はどんな風だろうかとついつい寄り道をしてしまいたくなる。
「ダメダメ。戻れなくなるぞ」
おじいちゃんは怖い顔をして私の手をぎゅっと握りなおした。おじいちゃんのそんな顔を見たのは初めてで、大人と一緒でも迷子になることがあるんだと知ってびっくりした。
言われた通り寄り道せずに歩き続けていたら、いつの間にかざわざわとたくさんの人の声がしてきた。誰もいないと思っていた道にたくさんの人が溢れ出てきた。大体の人はおじいちゃんと同じくらいのお年寄り。そして、手が届きそうなくらい鮮やかな月が頭のてっぺんまであがってきたとき、金色に輝くような草原が現れた。サァァという草が風にそよぐ音が近く遠くと聞こえて、雲に包まれるように世界がすっぽりと、ほんの一瞬だけ青みがかった光に包まれたと思ったら、もう次の瞬間には澄み切った空の下がどこまでも続く草原に変わっていた。銀の光が綺麗すぎてなんだか少し怖いくらいだった。
「どうもぉ、月光映画館にいらっしゃいー!」
草原の入り口に「月光映画館」という大きな看板と派手な格好をした男の人が立っていて、みんなにチケットのようなものを渡していた。
「チケットはわたしだけでいいんだが……、この子も見学で一緒に入れるかい?」
男の人はにっこりとうなずいてくれた。