あまりの偶然に、明夫は呆気に取られている。
「いまどきの両親学級はね、苗字や国籍が異なるカップルはたくさんいるし、LGBTのカップルまで受け入れているの。だけれど時代は変わっても、赤ちゃんを想う気持ちはみんな同じね」
明夫は、不器用な手付きで人形の頭を撫で続けている。
「ぼくは、こんなものしか無くて」
飛悠が、真美に野球ボールを手渡す。
「こんな大切なもの、本当にいいの?」
「高校に入って初めてホームランを打てたときのボールです。あのときの気持ちを、ふたりのお陰で思い出せました」
明夫が、ふっと微笑む。
「彼はもう、このボールが無くても頑張るんですよ。もらってやって下さい」
真美が、心細そうに言う。
「こんな母親でも、息子はまだ、キャッチボールしてくれるかしら」
男ふたりが、顔を見合わせて笑う。
「もちろん!」
真美は携帯電話を取り出し、息子にメッセージを送るべきか、悩んでいた。相手は、明日に備えてもう眠っているかもしれない。
不意に、メッセージの通知音が流れた。単身赴任中の夫からだ。
『あいつの受験が終わったら、こっちに来ないか』
唐突な誘いに、真美は笑みをこぼした。
『勝手なことばかり言って。でも、いいよ』
『本当に?仕事はどうするの?』
『私を誰だと思ってるの。いまの仕事なら、どこでだって、できるわよ』
『良かった。本当はさ』
『なあに?』
『あいつの頼みでもあるんだ。合格して自分が忙しくなったら、母さん寂しがるだろう、って』
全く、生意気なんだから。ぶつぶつと呟きながらも、真美は春の訪れを実感した。
そして、人生に失敗などないのだと、真美はようやく知ることができた。
明夫は客室電話の受話器を持ち上げた。通話料はかさんでしまうが、携帯電話よりも、妊婦と胎児への負担が少ない気がしたからだ。
「家に掛けてくるなんて、初めてじゃない?」
冷やかすような、彼女の声が聞こえた。
「両親学級、うまくやれると思うんだ。抱っこ練習に、沐浴指導に、妊婦体験」
彼女が、クスクスと笑う。
「ずいぶん詳しくなったのね」
「ご両親に、替わってもらえるかな」
「あら、どうして?」
明夫は、息を吸い込んだ。
「両親学級に参加する前に、ご挨拶をするべきだ」
沈黙が苦手な、彼女の沈黙。
「わかった。だけどね」
「何?」
「うちの父親は、手強いわよ」
「そうなの?」
「明夫のお母様は、優しかったけれど」
沈黙が得意な、明夫の沈黙。
「電話したの?」
「ううん、もうお会いしたわ。というより、家に来て下さったの。替わる?」
明夫は唸り声を上げた。これからの人生はもう、自分の計画通りには進まないだろう。けれど、それも幸せなのかもしれない。
そして、彼女と出逢ったことは運命ではなく必然なのだと、明夫はようやく思い知った。
飛悠は携帯電話を取り出し、自宅に電話を掛けた。コール三回で繋がり、母親の声が聞こえる。
「いま、どこにいるの」